「お前、そんな事のために・・・。」
土方さんの表情が更に棘を増す。
辺りはすっかりと闇に包まれている。部屋の明かりがぼんやりと照らし出してくれているのでお互いの表情が辛うじて見えるくらいだ。
そこに、数人の人が集まってきた。
「副長、隊士たちが気にしだしています。」
「そろそろ終わりにしておいた方がいいと思うぜ。」
「れいさん、大丈夫か?」
「なんだって、こんな所まで来ちまうかなぁ〜。」
「馬鹿なんじゃないの?」
それぞれが思ったことを口に出して、れいを取り囲む。
しかし、誰一人としてれいを起こそうとしてくれる者は居ない。
会いたいのは自分だけで、みんなにとっては助け起こす価値もない別にどうでもいい存在なんだ・・・。
それが心に染みた。
土方さんの胸倉を掴んでいる手を離すと、技とらしく大きな声でため息をつく。
「あ〜あ!!こんな男、願い下げ!!」
立ち上がり、お尻についた土を払うと、みんなの輪の中から一歩出る。
土方さんも立ち上がって睨みつけてくる。
「土方はん、女子には優しゅうせんとあきませんえ。」
れいの言葉に、眉がピクリと動く。
「もうええし。良い男はもっと仰山おるし。ほなな。」
全員を睨みつけて、一瞬斎藤さんのところで心がぐっと折れそうになる自分に戸惑いながら、お腹に力を入れて少しだけ大きな声で吐き捨てる。
「なんや新選組て、ちょっと話題になってるから来てみれば、ただの野暮ったい集団やないの!来て損したし!なら、うちの三軒となりの角を曲がらはった男はんたちの方が全然ええし!」
「れいちゃん!?」
永倉さんが一歩踏み出してきて不思議そうな顔をするのを、一歩下がって苦い気分で見る。
原田さんが永倉さんを手で制してくれる。
「言いたい事位、言わせてやれ。」
土方さんが隊士たちにも聞こえるように嫌味ったらしく言う。
「あちらはんも、あんたはんらみたいに、仰山人集めて、なんや話してはるみたいやし!きっと、何か大きなことしてくれはる思うわ!あんたはんらみたいな田舎者集団と違うて、頭のキレるお人がおるんやろね、きっと!!」
沖田さんが腰の刀に手を伸ばす。彼の場合は本気で抜きかねない威圧感があるだけに、足が竦む思いをする。
「もうええし!うち、帰るし!!」
幹部連に冷たい表情で送り出されて、れいは本気で泣きたくなっていた。
門を出た後少しだけ小走りして、すぐに立ち止まった。そして蹲る。
心と体がギューっと縮こまるような感じがする。
何もない・・・・・・。
何もない・・・!!
何もない!!!!!!
自分には何もない!
虚無に襲われる。
苦しくなる、息をしたくなくなる。
こんな感じは久しぶりだ。
息をしたくない・・・。けれど、止めたって結局苦しくて息をしてしまう。
それなのに、止めたくて仕方がなくなる。
息を止めてしまえば、この縮こまるような感覚が、ドクドクする心臓の音で聞こえなくなる。
「・・・・・・っはぁ・・・はぁ・・・」
結局、蹲ったって、息を止めたって、この嫌な感覚は無くならない・・・。
立ち上がり数歩歩くと、そこに灯りを提げた斎藤さんが居た。
「そこに居たのか・・・。」
蹲っているのが分からなくて、少し先まで進んでいたらしい。
「副長が、みんなの手前だからといって、投げたのは悪かった・・・と。」
「そう・・・?」
「あまり無茶はするな、飛脚にでも手紙を託してくれれば十分だ・・・と。」
「そうだね、そんな手もあったね・・・。」
斎藤さんの前まで歩く。
「よく知らせてくれた。とも。」
それを聞いただけで、良かった・・・と思った。
意図は伝わった。
みんなにも会えた。
想像していたような形じゃなくても、会えたんだから良かったじゃない・・・。
自分に言い聞かせる。
けれど、ギューっとなる感覚は消えない。
消せない・・・。
本当は、いつも隣にある。
でも、いつもは誤魔化していられる。
それなのに、たまにそれが目の前に移動してきて、邪魔をする。
ギューっとの感覚・・・・・・。
寂しい・・・・・・。
誰にも必要とされていない自分が悲しい・・・。
何の役にも立たない自分が恨めしい。
誰かに愛されたい・・・。
寂しい・・・・・・、寂しい・・・・・・。
「斎藤さん・・・。」
「どうした?」
「お役に立てて良かった。ちょっと大騒ぎしちゃったけどね。」
「ああ。少し騒ぎすぎだ。」
「ごめんなさい。」
手にした提灯の灯りだけでは、表情の細かいところまでは見えない。
それをいいことに、わざと表情が陰になるように顔の向きを考えた。
でなければ、やっぱり変だと思われるだろうから。
こんなに、泣きそうなのに笑顔で居る自分。
どんな表情をしているのか分からない。
泣きそうに見えるのか、きちんと笑顔に見えるのか、自分からじゃ分からない。
けれどきっと、うまく笑えていると思う。
れいは斎藤さんの手から提灯を抜き取る。
「今日は一人で帰ります。」
「いや、女の一人歩きは危険だ。送ろう。」
「いいえ、これから会議とかあるんじゃないですか?仕事大事の斎藤さんに、会議を休んで女の警護をしろだなんて、申し訳なくて・・・。」
「今すぐにどうこうすることは無い。山崎に詳細を確認してもらうのが先になる。だから、今日は大丈夫だ。」
れいは首を振り続けた。それなのに、斎藤さんは譲らずに、歩き始めたれいの後をついてきた。
「斎藤さん、本当に帰ってください。」
「そういうわけにはいかない。」
「でも・・・。」
「副長が、良かったか・・・?」
「は・・・はい?」
斎藤さんから思いもかけない言葉が出て、思わず振り向いてしまった。
すると、意外にも真剣な表情の斎藤さんがそこに居た。
いや、いつも真剣な表情なのだけれど、どこか張り詰めたような・・・。
「なんでそこで、土方さんが出てくるの?」
「随分と親しげにしていたから・・・。」
「親しげ・・・?投げられることが親しげですか?」
「いや、抱きついたり、飛びついたり、首に・・・その・・・」
どうやら、門前の男だけでなく、斎藤さんにも首に口付けをしているように見えたらしい。
「ふふ、これのこと?」
れいは、斎藤さんに近づいて首に手を回すと、首筋に息を吹きかけた。
斎藤さんは避けるのかと思っていた。けれど、それを棒立ちになって受け入れている。
「こうやって、情報をお伝えしたんです。口付けなんか・・・してません。」
直に斎藤さんの体温を感じて、れいは泣き出しそうになるのを必死に堪えていた。
抱きしめたい、抱きしめられたい、誰かと触れ合いたい・・・。
それでも、誰でもいいわけじゃない。だから、今まで我慢してきた。
けれど、斎藤さんはその我慢を崩してしまいそうになる。






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