「そのような事・・・・・・、許されると思っているのか?」
締め付けるほどの力で身体を抱きしめる斎藤さんの力。
身体が更に密着して、温かさに安堵の震えが走る。
「放して・・・。」
もはや言葉に力が無いことなど、百も承知。
それでも、斎藤さんの意図が読めない・・・。
実直な斎藤さんが、側室などを求めたりするのだろうか・・・。
側室として傍に置きたいと思うほどには、自分に未練を持ってくれているのだろうか・・・。
れいの言葉など聞かずに、斎藤さんが階段を降り始める。
後ろからゆっくりとついてくる二つの大小の影に唇を噛み締めて、階段を降りきった所で斎藤さんの身体から身を放した。
顔を見上げて、月明かりと蒼が持っている灯篭の明かりに照らされた斎藤さんをしっかりと見つめて、ハッキリと告げる。
「降ろしてください。」
「降ろさない。」
「放して!」
「放さない。」
「・・・なんで?はじめさんにはもう、新しい奥方が居るでしょう!?私はもう必要ないじゃない!」
掴んでいる斎藤さんの着物の襟ぐりを握り締めて叫ぶと、斎藤さんが瞳を瞬いて後ろを振り向いた。
「だから、自分も新しい夫を作ったと・・・?」
こちらに視線を戻しながら呟く斎藤さんの言葉。
全く身に覚えのないことに反応が遅れて、まともな言葉が出ずに・・・。
「は?」
怒りや悲しみや絶望がなりを潜めて、身体から力が抜けた。
「あの、斎藤さん・・・。奥様は何か勘違いをされているようですけど・・・。」
斎藤さんの背後からの声に、疑問が生じる。
勘違い・・・?
彼女が言っている勘違いとは、何のことだろうか・・・。
力が抜けた身体は、しかし寒さのために未だに震え続けている。
そのれいの身体を抱き上げたまま、斎藤さんが一歩踏み出した。
「一度、宿に戻ろう。」
斎藤さんの声掛けに同意の声が聞こえてきて、歩み始める一行。
「降ろしてください。私、帰らなきゃ。」
一度冷静さを取り戻してしまうと、今までの自分が浸っていた世界が恥ずかしく滑稽に思えてきた。
置屋に戻らずに、前の旦那さんの墓の前で・・・、ここから逃げ出すことばかりを考えて・・・。
それでは、今までと何も変わらない。
そんな自分が嫌で、蒼と海を取り戻すんだ、と頑張っていたはずなのに・・・・・・。
それに、置屋に戻らなかったら、きっとまたみんなを心配させる。
会津のみんなも、飛び出してしまって心配させただろうから、置屋に着いてから手紙を出したけれど・・・、どうしてかいつも、後で根回しをする羽目になる。
「みんなが心配してるから・・・。降ろして。」
「降ろさないと言ったはずだ。」
「・・・なんで?」
「お前を奪われるわけにはいかん。」
「は?」
奪われる?
誰に・・・?
奪われているのは、私のはずなんですけど・・・?
斎藤さんの言っている意味が全く分からない。
何で、そんなに苦しそうな声で訴えるの?
何で、どこにも行かせない様に、必死で抱きしめてくるの?
「蒼と海、私が面倒をみるから、もっと大事にするから、返して・・・。」
「蒼も海も、渡すわけにはいかない。」
だから・・・・・・、何で??
後ろの、新しい、若い奥方に連れさせて・・・、私から全てを奪っておいて、何で私が奪われるわけにはいかないなんて言われなければいけないの?
「・・・・・・じゃあ、二人の事はお任せします。たまに会わせて貰えれば、それで、満足しますから・・・。放して。帰らなきゃ・・・。」
「どこに帰るつもりだ?」
「吉原ですよ。今、あそこに居るので。」
「・・・っく。」
斎藤さんが、呻き声と共に唇を噛み締めて、れいを自分にぴったりとくっつけるように抱きしめなおした。
「行かせはしない。」
行かせはしないって・・・、もう、何が何だか・・・。
「あんな男に、お前をとられてたまるものか・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
あんな男・・・?
とられる???
「はぁ?」
先ほどまでの、意味を成さない疑問の返事よりも更に素っ頓狂な返事に、斎藤さんが視線を向けて見つめてきた。
瞬きを繰り返して、口を開いたまま呆然としているれいに気づいて、斎藤さんも瞬きを二度繰り返して、首を傾げた。
「かか・・・?」
蒼が、小走りに寄って来て斎藤さんの横に並ぶと、れいの着物の裾を掴んで引っ張った。
「かか、あおね、かいといっしょにね、とと、みつけてきたよ。」
「・・・蒼?」
斎藤さんの腕の中から蒼を見下ろすと、蒼が必死に背伸びをして裾を引っ張っている。
「降ろして。」
斎藤さんの胸に手を当ててお願いをすると、一瞬だけ怯んだ様な表情をしたけれど、流石に今度は降ろしてくれた。
しゃがみ込んで蒼と視線を同じにすると、蒼が冷えて冷たくなってしまった手を頬に当ててくれた。
「あのね、あおね、かかにね、ととをみつけてあげたかったの。」
必死に言葉を探しながら紡ぐ蒼の言葉に驚いて、斎藤さんを見上げた。
「だからね、あのね・・・、かか、ないて。」
「え?」
ないて・・・・・・?
「ね、かか、ないていいよ。あおね、かかのわらったの、すき。でもね、かか、ずっとわらってないてたでしょ?なみだでないの、あおのせい?かか、ととつれてきたよ。だから、なみだ、でるでしょ?」
泣いて・・・と、言っている・・・?
蒼が?
自分が、ずっと笑いながら泣いていたのを、やっぱり分かってて・・・。
ずっと、遠くに行こうとしていたのは、斎藤さんを連れてこようとしてくれていたから・・・?
「蒼・・・・・・。」
抱きしめると、蒼が嬉しそうに頬ずりをしてくれる。
胸が締め付けられるほどに、愛しい・・・。
雪を被った蒼の頭や肩や背中を撫でて雪を払ってあげながら、ぎゅぅっと抱きしめた。
「ねえ蒼、かかが泣かないのは、蒼のせいじゃないよ。かかが、馬鹿だっただけ。かかが弱かっただけ。もっと色んな人に頼って甘えて良いんだって、分かってなかっただけだよ。蒼のせいでも、ととのせいでも無いんだよ。だから、蒼が苦しむ必要は無いのに・・・・・・。」
蒼を抱き上げて立ち上がると、佇んでいる斎藤さんに向き直って、お辞儀をした。
「はじめさん・・・。蒼は私が引き取ります。海も、引き取らせてください。この子達が居れば、私ははじめさんが居なくなっても生きていけるから・・・。」
「れい!」
「はじめさんは、そちらの方とまた子供を作ればいいでしょう?私は、一人じゃ家族なんか増やせないもん。お願いします。私から、はじめさん以外の大事な宝を奪わないで・・・。」
「・・・・・・一人?」
「・・・はい?・・・・・・そうですけど・・・。だから、さっきから、はじめさん、何か変な勘違いしてません?」
「れいこそ、その勘違いを改めてはくれぬか?」
「勘違い・・・?何が?どこが?吉原で抱き合っていたところも見たし、お墓で手を繋いでいたところも見たし。何が勘違い?容保様とご縁のある方からも聞きました。はじめさんが奥方を娶って、蒼と海を引き取ったって。これのどこが勘違いですか!?」
「全てだ・・・。」
斎藤さんの声が沈鬱に響いて、れいは瞳を瞬いて二人を交互に見比べて、首をかしげた。






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