どこにも行けない・・・。
もう、ここしかない・・・。
それは、この世でもあの世でもない、どちらの世界にも属さない場所・・・。
「はは・・・、何で、分かってるのに、決心がつかないのかなぁ・・・。」
自嘲の笑みが口から零れ落ちる。
吐く息の白さが、一瞬だけ震え続ける手を温めて、その後急速に冷やしていく。
どれくらいここでこうして、決断の時間を過ごしていたのだろう・・・。
もう、選択肢は二つに一つで・・・。
どちらも、俗世には戻れない場所で・・・。
だけど、片方は手紙も送れるし、訪ねてきてくれれば会える場所。
もう一つは、それすら出来ず、完全に断つ場所で・・・。
蒼と海の事を考えたら、どちらが良いのか・・・。
新しいお母さんと仲良くして欲しいから、自分の事は忘れてもらった方が良い。
けれど、自分が忘れられない。
そんなエゴを押し付けてしまって、二人が不幸になったらどうすればいい・・・。
前の旦那さんの菩提を弔うための出家・・・にするにしたって、斎藤さんへの未練が残りすぎていて、きっと仏様に許してもらえない。
吉原に完全に入り込むか、出家するか・・・。
それとも、またどこかに逃げて・・・・・・髪結いをしようか・・・。
みんなへの未練や想いや愛をずるずると引きずって、衰えて死んでいくまで、一人で・・・・・・。
「なんか、それでも良いかもって思えちゃうなぁ・・・。懐かしいな。・・・・・・京に、また行こうかな・・・。」
あの場所には沢山の思い出が詰まっている。
島原に回り髪結いとして出入りして、みんなと昔語りをしながら過ごすのも、楽しいかもしれない。
悴んで固まってきたのに、震えは止まらない身体。
降り積もった雪を、頭を振って落として、肩に溜まった雪を払って。
何だか小さな足音が聞こえてきて、ギクリとした。
ここは墓地、だから墓場で、だから死んだ人たちが眠っている場所で・・・・・・。
今まで自分の思考に浸っていたけれど、それに気づいて、冷えた身体から更に全身の血が引いていった・・・。
まさか、幽霊なんか本当に居るわけないし。
でも、こんなに遅くに、こんな場所に誰かが来るわけ無いし・・・・・・。
どんどんと近づいてくる足音に、恐怖に引き攣る顔を向けた。
その瞬間、黒い影が飛び掛ってきて、重みで身体が傾き、悴んで動かない手足が、身を守ることを許さずに、そのまま墓石に頭を強か打ちつけた。
「いったぁ〜〜〜〜〜い!!!あ、蒼!お墓の中を走ったりしちゃ駄目でしょう!!」
蒼くらいの小さな身体だったから思わず叫んだ自分の声に、その小さな身体が抱きついてきた。
「かか!!」
自分を呼ぶ声に、打った頭を手で撫でながら視線を向ける。
まさか・・・。
そんな訳が無い。
これはきっと、本当に幽霊で、自分を引きずり込もうとしている罠かもしれない。
・・・・・・だけど、温もりや、抱きしめた時の感触や声は確かに蒼で・・・・・・。
「かか!かか!!ただいまっ!!」
墓石に凭れかかったままのれいを抱きしめて、足をぴょこぴょこ動かしてはしゃぐ子供を、改めて見つめた。
雲の切れ間から顔を覗かせる月明かりが、子供の顔を照らしてくれる。
「・・・蒼?」
「うん!」
「え・・・?なんで、ここに・・・?」
「うん!」
うん・・・じゃ無くて・・・。
そう思うけれど、蒼が理由を知っているとも思えない。
そして、蒼がここに居ると言う事は・・・・・・。
顔を上げると、遠くから灯篭の揺らめきが近づいてくる。
「蒼!!?」
斎藤さんの、焦りを含んだ声が響いてきて、抱きついていた蒼が身体を離してそちらに向かって走っていく。
灯篭の後ろに見える人影は二つ、そして、斎藤さんの手にはしっかりと女性の手が握られていて、女性の腕の中には海が居て・・・・・・。
どうして・・・。
どうして、追いかけてきて、自分に残酷な現実を見せ付けてくれるのだろう・・・。
「とと!こっち!!」
蒼が立ち止まって手招きをしているのを見つめながら、そっとぎこちなく身体を起こして、中腰のまま、隠れながら裏口へと回った。
わざわざ、幸せな現在を見せ付けるためにこんなところまで来てくれなくて良いのに。
斎藤さんは、確かにどこか抜けているようなところがあって、色恋に疎くて、人の機微に鈍感なところもあったけれど・・・。
これは、これはあんまりだ!!
「かか!?」
「蒼?れいがここに居たのか?」
「いたよ、そこにいたもん!」
斎藤さんと蒼の声を背後に聞きながら、お堂の裏手まで中腰で歩いてくると、素早く走る足音が聞こえてきた。
「れい!!?」
寒さで冷え固まった身体が、素早く動くことを抑えている。
もう少しで裏口の門に辿り着くという時、お堂の角を曲がって、明かりが視界の端に飛び込んできた。
「待て!何故逃げる!?」
斎藤さんの動きが素早いことを知っている。
だから余計に焦って、門のかんぬきを外すのに手間取ってしまう。
冷たく凍りついたような鉄が、指に触れて切り裂かれるような痛みを与えてくる。
それに構っていられず、無理やりにかんぬきを抜き取ると、門を開けて外に飛び出した。
「れい!!」
斎藤さんの声がすぐ後ろに迫っている。
慌てて、ぎこちない動きのままの足を前に押し出して階段を駆けるように降りて・・・。
「っぁ!!!」
中ほどで、薄く積もった雪に足が滑って、体勢が崩れて・・・。
滑り落ちてしまう!!
覚悟をして瞳をぎゅぅっと瞑った身体を、暖かな腕が抱きしめて、そのまま軽く持ち上げられてしまった。
「こんな場所で走るなど・・・、一人の時ならば確実に落ちていた。何故逃げたのだ!?」
膝の下と背中に回された腕が、身体を強く抱き寄せてくれる。
「こんなに冷えて震えて・・・、上手く歩けないだろうに、何故階段で走ったりするのだ!」
斎藤さんに顔を合わせるように抱き上げられて、じっと見つめてくる瞳が心配そうに歪んでいるのを見て、胸の震えが止まらなくて顔を背けた。
「れい・・・?」
もう、心配なんかしてくれない方が良かった・・・。
斎藤さんの後ろから、ゆっくりと、危なくないように降りてくる女性が、蒼の手を握って、海を抱き上げて・・・。
それは、自分の役目だったはずなのに・・・・・・。
こんなものを見せ付けるためにわざわざこんな場所まで来て・・・。
なのに自分の心配をするなんて・・・・・・。
「放してください・・・・・・。もう、あなたとは何の関わりもありませんから。」
冷めた言葉が、震える唇から吐き出されていく。
「あなたの邪魔にはなりませんから。降ろして・・・。一人で、歩けます。」
ガチガチと鳴る歯の間から吐き出される言葉に、斎藤さんのれいを抱きしめる腕の力が、ぎゅぅ・・・っと強まった。






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