次の逢状の約束時間も迫っているので、とにかく何も考えないようにして置屋に戻った。 さっきの話が本当だとしても、一度容保様のお屋敷に行って確認したい。 ・・・・・・。 さっきの人に、家の場所を聞けば良かったんだ・・・。 どうしよう、引き返そうか、でも次の約束に行くのか行かないのかの返事も・・・。 もう少しで置屋に着く場所で、後ろを振り返り、前に視線を戻し、右往左往考え込んでいたとき・・・。 視線の端に、何故か斎藤さんが見えた気がして・・・。 「いや、そんな訳無いって。だって、女性と一緒だったし、子供二人いたし・・・・・・。」 って、さっき教えてもらった状況そのままなのでは・・・? まさか、斎藤さんが何で女の人と子供を連れて、吉原に・・・? 視線を戻して、愕然とした・・・・・・。 確かに、斎藤さんで・・・。 その腕の中に、海を抱いた女性が包まれていて、女性の足元に蒼が居て、両手を足に回している。 まるで、絵に描いたような美しい親子の図で・・・。 女性の顔はよく見えないけれど、若くて、美しく、身なりも立派な方。 武家の娘の髪型をしているその女性は、自分とは違って様になっていて、どこも無様だったりしない・・・・・・。 自分は、本当に全てを失ったと言う事だ・・・。 駆け寄って、斎藤さん本人に真実を確かめる勇気は、今の衝撃で全て砕けきった。 走るのは、斎藤さんとは正反対の方向。 必要ないって、本人の口から聞きたいとか言っていた自分に、馬鹿じゃないのか?と言ってやりたい。 あんな状況、見ただけでこんなにも心が引き裂かれんばかりに痛いのに・・・。 死んでしまうかもしれないじゃないか。 何も確かめたくない。 見てしまっただけで十分だ。 さっきの人も言っていたじゃないか、斎藤さんと奥方が子供二人を引き取ったって・・・。 奥方だって・・・。 きっと若い子の方が良いから。 ・・・違う、斎藤さんはそんなに薄情な人じゃない。 だけど、忠義に厚い人だから・・・。 だからきっと、断れなくて・・・、それで、一緒になるなら、大事にすると・・・。 それで・・・それで・・・・・・。 大事にするには、私が邪魔になるから・・・。 蒼も、海も、懐いていたみたい。 きっと、良い人なんだろう。 だからきっと、みんな幸せになってくれるから・・・・・・。 じゃあ、私は・・・? 私はどうすれば良い? 全て失って、何も無い・・・・・・。 もう、何も無い・・・・・・!! 闇雲に走っていたはずなのに、目の前には何故か見覚えのある光景が広がっていた。 東京の街は変わり始めている。 異国の文化が段々と入り込み始めていて、中心部には異国風の物を扱い始めた店も沢山出来てきたと聞く。 けれど、ここは変わっていない・・・。 こういう場所はきっと、変わらずに続いていくのかもしれない。 闇が濃くなり始めた時間帯に、こんな場所に入るのは心が竦む。 けれど、ここくらいしか、もう・・・無いから・・・・・・。 門を潜って石段を登ると、奥に建物が見えてくる。 けれど、そちらには行かずに横手の石畳の道を行く。 建ち並ぶ石の前には、所々に花が供えてあり・・・。 お堂の横手に入り込んで、更に奥。 周りよりも少しだけ大きな墓石の前に立ち止まると、そこにしゃがみ込んだ。 備える物など何も持っていない。 お線香を買うようなお金も、今は何も持っていない。 「ごめん・・・、こんな時しか来なくて・・・・・・。」 手を合わせて、目を閉じた。 地主だった頃の名残で、大きな墓石と大き目の領域。 これを維持するのも本当は大変だったのに・・・、前の旦那さんが死んでしまったから、このままの大きさで守ることを、お義母さんが決めたんだった。 まだ、守られているらしい。 自分はもう、こことは関係ないはずだったのに・・・。 「ごめんね。自分だけ幸せになろうとした罰なのかなぁ・・・。何か、もう、こんな時に来れる場所、ここしか思い出せなくて・・・。」 実家に帰ったらきっとどやされるし、置屋に戻る道の途中に斉藤さんたちが居たから、そっちには走れなかった。 それに・・・。 「これ以上、みんなに心配かけたり、迷惑かけたり出来なくてさぁ・・・・・・。」 どうやったら、人に迷惑をかけないで生きていけるのだろう・・・・・・。 「もう、そっちに行きたいんだけど・・・・・・、それも、迷惑をかけることになっちゃうし・・・。」 自分が死んでしまうと、発見されたときに色々と人に迷惑がかかり、埋葬、葬式、その他もろもろでも人に迷惑がかかる。 何より、悲しんでくれるだろう人たちの顔が思い浮かんでしまうから、それが出来ない・・・。 「山の中で野たれ死んだらさ、誰にも発見されないし・・・・・・、心配はされるだろうけど、迷惑はかからないね。」 本気で言っているわけでもないことも分かってる。 死ぬなんて、簡単に言えない・・・。 命をかけて戦ってきた人たちに囲まれていたのだ。 前の旦那さんも、命を削るように生きて、死んでいったし・・・。 斎藤さんも・・・。 新選組のみんなもだ。 みんな、死ぬべき場所を理解して、激しく苛烈に戦って・・・、本当に死んでしまった人たちも居た。 だから、こんなことくらいで死んでしまうことは出来ない。 だけど・・・・・・。 「死ねた方が楽だって事、世の中に、なんでこんなにいっぱいあるのかな・・・?」 太陽が沈み、真っ暗闇に包まれた中、しゃがみ込んだまま墓石に向かって語りかける。 舞い落ちてくる雪が次第に溶けなくなり、土に、墓石に、木に、そして肩や頭に降り積もってくる。
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