木枯らしの中に、時折雪が混じり始める季節になってしまった。
会津から東京まで来る間に、真冬の風は自分を追い越して先に東京まで行ってしまったらしい。
寒さで悴む手をすり合わせて、時折吐く白い息で包みながら、れいは草臥れた足を何とか動かしながら、吉原への門を潜った。
道中、斎藤さんが追いついてくることは無かった。
会津から東京までの道は一つではない。
違う道を選んでしまっただけならば良いのだけれど・・・。
本当に、斎藤さんは東京に残る道を選んでしまったのだろうか・・・。
それなら尚更、斎藤さんと新しい奥方に子供たちを任せるわけにはいかない。
愛しているからこそ、幸せになってもらいたい。
そして、自分だって、斎藤さんを失ったとしても幸せにはなっていいはずだ。
自分の幸せには、子供たちが欠かせないのだから、斎藤さんはこれからいくらでも若い奥方に子を産ませることが出来るのだから、自分が取り返した方がみんなが幸せになれるはず・・・。
いつの間にか唇を噛み締めていたのか、舌先に血の味が広がった。
「痛・・・。」
唇に指を当てて少し押すと、指に玉になった血がついて、切れてしまっていることを痛みと共に教えてくれる。
その血をペロリと舐めて、一度深呼吸をしてから、目の前の置屋の扉を叩いて中に入り込んだ。
ふわりと漂う暖気が、冷えて硬くなった身体を包み込んでくれた。
「すいません!お母さん居ますか?あの・・・・・・、ただいま。」
ただいま、と言うのは何だかおかしいと思ったけれど、ここを去っていった遊女たちが、こうして時折「ただいま」と言って帰ってくるのを知っている。
そして、自分も遊女では無いけれど、ここにお世話になって、去っていった身だ。
ただいま・・・で、合っているだろうか?
奥からゆっくりと歩いてきた細身の年長者が、こちらの顔を見て笑みを深めて少しだけ近寄る歩みを早くした。
「れいかい!久しぶりじゃないか。どうしたんだい、斗南で元気にやっていたんじゃなかったのかい?」
会津に居たときも、斗南に行ってからも、度々手紙を書いていたお母さんは、笑顔で近くまで歩み寄ってきて、目の前に腰を下ろした。
お母さんの相変わらずの優しい笑顔に気が抜けそうになり、腰を深々と折ってお辞儀をした。
「お久しぶりです。その節は、本当に色々とお世話になりました。」
「本当だよ、全く。子を身ごもって京から逃げてくるような女を、よくもまぁ、世話したもんだね、あたしも。」
お母さんが懐かしそうに笑いながら言う言葉に、顔を上げて苦笑した。
「本当に、有難うございました。」
「本当に・・・。」
しみじみと返されてしまうと、どうも居た堪れなくなってしまうのだけど・・・。
「で、今日はどうしたってんだい?東京に帰ってきたのかい?・・・また、厄介ごとを抱えてんじゃないだろうね?」
「・・・・・・ぇ?」
冗談交じりで言うお母さんの顔を見て、思わず笑顔に変な力が入ってひくついてしまった。
しかも、それを見逃すお母さんではなかった。
「・・・そうかい、また何か厄介ごとを抱えてるんだね。うちを巻き込まないで欲しいものだけれどねぇ・・・。」
手に持ったままの煙管を口に咥えて、吸い込んだ煙を顔を横に向けて吐き出すと、ちらりと瞳だけこちらに向けて、口の端を持ち上げた。
「まぁ、吉原には色んな女が居るからね。どんな女だって逃げ込んでこれる所が、ここ、吉原なんだ。おいで。まずは話を聞いてあげよう。」
立ち上がり背を向けたお母さんが、こちらに手招きをして先に歩き出した。
「有難うございます!!」
勢い良くお辞儀をして、急いでお母さんの後を追いかけて奥の間に入った。
部屋に並べられた調度品は、五年前と少しも変わらない。
お母さんの部屋は、まるでお母さんの人柄を表すようにあっさりとしていて、小ざっぱりとしていた。
「懐かしい。」
顔に笑みを滲ませて言うと、向かいに座ったお母さんがため息と共に煙を吐き出した。
「待ってな、今お茶を持ってこさせているから。」
「有難うございます。」
お礼を言うれいを横目に、後ろに向かってお茶を頼んでいるお母さんを見て、辺りを見回して。
きょろきょろと落ち着きの無い様子のれいに視線を戻したお母さんが苦笑した。
「今はみんな稽古や何だで出かけちまってて、娘たちは居ないよ。」
「ああ、そっか。そうですよね。」
たった数ヶ月しか居なかった置屋だけれど、それでもみんなのお手伝いをしていたのだから。
みんながどんな風に生活していたのか、覚えている。
みんな、さまざまな稽古に打ち込んでいた。
そして、自分が好きな稽古には張り切って出かけていき、嫌いな稽古には渋々と・・・。
「まだ、私が知っている子たち、居ますか?」
「ああ。居るよ、勿論。身請けされてった子たちも居るけどね、あの頃まだ若かった子たちなんかは、今ちょうど売れ時だよ。」
「そっかぁ。みんなに挨拶しなきゃなぁ。」
嬉しそうに微笑んで俯いたれいの言葉に、お母さんが眉を潜めた。
「あんた、みんなに挨拶するって事は、長いことここに居るってことかい?そんなに話が長引くのかい?」
「・・・いえ、話は短く済みます。けど、ちょっと、しばらくここを拠点にさせてもらいたいって言うか・・・。」
「・・・・・・なんだいそれ?髪結いに来させて欲しいって事じゃなかったのかい?」
「髪結いの道具は、全て斗南に置いてきちゃってて・・・・。」
「子供も置いてきてないだろうね?」
お母さんの声に鋭さが混じった。
置屋の女主人だからこその鋭さだな・・・と、何となく微笑ましく思ってしまった自分を律して、真面目な顔をしてお母さんを見つめると、首を振った。
「違うんです。置いてかれたのは、私なんです。」
「・・・はぁ?なんだい、それ?」
「はじめさんが出稼ぎに出ている間に・・・・・・。」
なんて説明をすれば、上手く伝わるのかが分からなくて、首をかしげながら口ごもると、お母さんが煙管の灰を灰皿に落として居住まいを正した。
お母さんの後ろから用心棒の男性が、お茶を持って入ってきたのを受け取ると、手を振って出て行くように促して、れいの冷えた手にお茶を握らせてくれた。
「有難うございます。」
急に触れた暖かな湯のみの熱が、冷えた手には痛く感じる程だったけれど、あえてその痛みを受け入れてギュッと握り締めた。
「はじめさんに、縁談が持ち上がっていたらしくて・・・。」
とにかく、どこから話したらいいのか分からなくて、一番最初から、言葉を尽くして話して聞かせることにして、熱いお茶を啜って口を湿らせると、お母さんをしっかりと見つめてれいは話し始めた。






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