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斎藤さんを待ってなんかいられない。 自分で取り返しに行かなければ・・・。 そう言い張るれいに、三太とお婆ちゃんが猛反対した。 体力も戻っていないれいを心配してのことだけれど、れいは聞き入れようとしなかった。 「急がなくちゃ、子供たちをとられちゃうし、蒼も海も泣いてるから。」 「んだども、おめ、そんな体力で、どうやって東京に行ぐんだ?」 「大丈夫だから。心配しないで。」 「大丈夫じゃねえがら言っでんだ!金もねえのに・・・。」 「髪結いして稼ぎなら行く。」 「なぁにが髪結いしながらだ。道具なんもねぇのに、髪結いが出来っか!」 三太の言う事はもっともだった。 自分が自我を逸している間に連れてこられたのだ、着の身着のまま、自分用の物なんか何も無い。 「でも、早くしないと・・・。」 海が離れてしまってから、授乳をしていないのだ。 胸が張って痛いし、その痛みを感じるたびに、腕の中にわが子が居ないことを思い出して苦しくなるのだ。 卒乳なんかまだまだのつもりだったのに・・・。 「不安なんだよ・・・。蒼と海が、私を必要としなくなったら・・・、私はどうやって生きていけばいいの?何も残ってないのに・・・。はじめさんだって・・・、もしかしたら・・・・・・。」 若い子の方が良くなっちゃって、容保様の紹介した人と結婚してしまうかもしれない・・・。 それに、自分がここに居てはいけない理由がもう一つ・・・。 三太と奥さんの間に、あと少しで子が生まれるのだ。 臨月で里帰りをしている奥さんが、もうすぐだと知らせてきた。 収穫の時期で忙しかったために、実家に帰っての出産を奥さんは選んだ。 そして、収穫の時期が落ち着いて、三太は奥さんが居ない時を利用して野菜を自分で届けに来てくれたと言う事らしい。 本来なら、野菜を届けることも終わり、収穫の時期も落ち着いたのだから、奥さんの下に行っていなければいけないはずの三太が、自分を心配してここに居る。 三太を奪ってしまったようで、申し訳なさに襲われるのだ。 「・・・分かった。もう少しだけここに居る。で、体力戻すから・・・。それで、良いでしょう?」 もしかしたら、本当にここに斎藤さんが来てくれるかもしれない。 それに、来てくれなかったとしても・・・、もう少しで三太の子が生まれるのだ。 生まれたら、さすがに三太も奥さんの下に行くだろうし、お婆ちゃんだって、おじさんおばさんだって、行くだろう。 そうしたら・・・・・・。 自分の思考が、昔から変わっていないことに自嘲しながら、三太の目を見つめた。 「それで、良いでしょう?」 再度確認すると、三太が渋々と頷いて傍から離れていった。 どうして、実家に帰った時に、自分はこっそりと出て行くことを選んでしまうのだろう・・・。 愛している。 みんなを愛している。 だからこそ、自分のために迷惑をかけたくない。 自分が頑張れば済むだけの話なのだ。 だから・・・・・・。 数日間、しっかりと身体を動かして、ご飯も食べて。 ご飯を食べると、思考が大分落ち着くことに気がついた。 蒼と海がどこに居るのか分からないけれど、とにかく東京に行って容保様の屋敷を探して、そこで聞ければ良い。 そんな簡単に場所が分かるとも限らないけれど、吉原に行ったら、知っている人くらい居るかもしれない。 まずは吉原を目指して行こう。 実家にはまだ帰れない。 二人を取り戻して、それからじゃないと・・・。 斎藤さんからの手紙が届いてから、一月は既に経とうとしている。 そろそろ、斗南に着いただろうか・・・。 誰も居ない家を見た斎藤さんは、何と思うだろうか・・・。 ・・・・・・斎藤さんは、斗南の家に帰ってくれたのだろうか・・・。 男というものは、年取った女よりも若い女の方が好きな生き物だ。 自分は、それじゃなくても斎藤さんよりも年上なのに・・・。 もう、女としての魅力なんか無い。 いろんな場所へ放浪している斎藤さんは、いろんな場所の若い美女たちを目にしているだろうから、こんな草臥れた女なんか、もう眼中に無いかもしれない。 でも、自分は未だにこんなにも斎藤さんを愛していて、欲していて、傍に居たいと思う。 そして、愛する斎藤さんとの子供と引き離された事が、こんなにも辛くて苦しい。 何が悪かったのか、どうしたら良かったのか、そんな事を考えても答えは出なくて、余計に苦しくなった。 だから、お腹いっぱい食べられる今、考え方を変えた。 自分にとって、二人の子供たちは大事な宝なのだ。 傍に居たいし、そうじゃないと自分が嫌なのだ。 遠くに行きたい、傍に居たくないと思われてしまったのかもしれない。 自分と共に待つよりも、斎藤さんと一緒に行きたいと思われてしまったかもしれない。 けれど、それでも自分は蒼と海と一緒に居たい、斎藤さんと一緒に居たい。 ・・・・・・最初から、斎藤さん一人で行かせるんじゃなくて、自分も行けば良かった・・・。 海が小さいからなんてことを言わずに、一緒に行けば良かったんだ。 だって、家族なんだから・・・。 一緒に居たくない、一緒に居られない、と言われるなら、斎藤さんと蒼に直接言われたい。 数日後、三太の元に奥さんが産気づいたと連絡があり、みんなが手伝いに出向いてしまったのを見計らって、れいは会津を発った。 お婆ちゃんのへそくりを拝借して、その中に必ず返しますと伝言を残して。 斎藤さんを待ってなんて居られない。 歩く速度は斎藤さんの方が早いのだから、東京までの道のりで追いついてくるかもしれないし、東京に残っているかもしれないから。 れいは、迫り来る冬の風を背中に感じながら、東京への道のりを下っていった。 この道を上ってくるときは、お腹の中に蒼が居て大変だったけれど、斎藤さんと偶然の再会を果たしたり、羅刹となってしまった斎藤さんを心配したり、色々な思いがあった。 けれど今は、蒼と海を取り戻しに行くために下っている。 時が巡れば、その中に居る自分の状況もこれだけ変わるのか・・・・・・。
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