断
「あっつい・・・。」 蒸し暑い。 梅雨もそろそろ終わりかけの五月終わり。 れいは、髪結い処でだらしなく座り込んでいた。 お客さんは居ない。 流石に、今日の雨は激しくて、外を出歩く人は少ない。 店の中から雨が降りしきる道を暖簾越しに眺めていると、三人の人物が店の中に入ってきた。 「あ、いらっしゃいませ。」 傘を畳んで立てかけているお客さんに挨拶をして立ち上がる。 「ああ、お客じゃ無いんで、悪いな。」 「ちょっとだけ、雨宿りさせてくれ。」 「雨脚が急に激しくなりやがって・・・。悪いな。」 少しだけ訛りが残っている喋り口調でれいにそれだけ話しかけると、後は三人で勝手に話している。 れいは、別に話を聞くつもりは無いのに聞こえてくる声を頭に収めることに決めた。 その三人は、長州から来たらしかった。 そして、どうもこの近くに潜んでいて、そこに帰る途中らしい。 話している内容はたいしたことが無いことばかりだが、長州者だということでいつ貴重な情報が聞けるか分からない。 しかし、そんなに時間がかからずに、雨脚が弱まってしまう。 「悪かったな、助かったよ。」 最初に入ってきた男がそう告げて、三人は去っていった。 れいはこっそりと窺って、どの角を曲がるのかを見ていた。 さて、山崎さんに報告をしたい。 とは思うのだけれど・・・・・・、三月からこっち、山崎さんが姿を現す日が減っていた。 新選組で何やら忙しいらしいとは分かるけれど、相変わらず何も教えてもらえないのでよく分からない。 たまにお店に来るお客さんの中に新選組隊士が居るが、平隊士に無闇に情報を渡すわけにはいかず、幹部に至っては、一月に一度顔を出すか出さないかくらいだ。 以前助けてもらった事件で、自分は役に立てているんだ・・・と思ったけれど、せっかく集めた情報を渡す相手が居なければ結局役立たずだ。 ただの髪結い処の女将になればいいだけの話しなのに・・・。 それはそれで何だか嫌だ。 みんなとの繋がりに救われた自分は、まだそこに縋り付いていたかった。 山崎さん、今日、明日に来るかな・・・。 こういう情報は早く伝えたほうが良い。 たとえ、小さな情報でも、それを足がかりにして大きな結果に結びつけることが出来る。 明日までに来なければ、乗り込もうか・・・。 久しぶりにみんなにも会いたい。 「会いたいなぁ〜。」 会えない・・・というのが、こんなにも苦しいことだったか・・・。 久しく感じていなかった胸の苦しみだった。
そして翌日。 昼を過ぎても山崎さんは現れなかった。 やはり、忙しいのだろう。 そして、新選組の巡察も、今日は前の通りを通ったのにお客さんの相手をしていて見送ることすら出来なかった。 会えない・・・という不満が膨れ上がる。 お客さんも引けた夕方、れいは膨れっ面で自分の髪を結いなおしていた。 いつもの髪結い処の女将用ではなく、少しだけ若い子の髪型にする。 自分で結うのが大変で、廻り髪結いが居るくらいだけれど、そこは専門職、なんとか自分で形にする。 そして、着る機会の無い一張羅を引っ張り出して、お化粧も少しだけ濃い目にする。 こうすれば、以前に助けてもらったときに会った隊士たちにも分からずに近づけるはずだ。 さすがに、着ている一張羅は数年前のもので、今の自分の年齢には合っていない。いざという時に売るか仕立て直すかするために持ってきたものだった。 何だか気恥ずかしいが、若い自分に戻ったようでわくわくもする。 少し日が落ちてきているけれど、そんなことを気にするようなれいではない。 そんなことを気にするようなら、最初から色々なところで失敗や迷惑をかけていない。 決めてしまったら、後は突っ走って、後で後悔する。 それがれいだった。 「屯所って、遠いなぁ〜。引越しすればいいのに。」 そんなことを言いながら、さっそく歩き出した。
prev ◎ next
-top-
|