翌日も、その次の日も、そろそろ初雪が降ると近所で噂が広まり始めてからも、林に薪を拾いに行き、そして蒼はその度にどこかに消えてしまう。 探して、見つけて、一緒に帰ってを繰り返している。 薪は生活のために必要だ。 だから拾いに行かなければいけないけれど、蒼が居たのでは去年よりも全然成果を上げられない。 去年は斎藤さんも一緒に拾ってくれて、蒼も遠くには行きたがらず、二人の間で一緒に拾ってくれたのに。 一年もたてば、子供はとても大きくなってしまう。 中身も成長しているのだろうと思う。 だけど、自分は蒼に合わせるように成長していけない。 いつだって自分は・・・・・・。 蒼を抱き、海を背負い、腕には薪を貯めた籠を持ち、家の扉を開けると、急いで家の中に入って寝てしまった蒼を床に寝かせる。 上に布団をかけてあげて、海を降ろして一緒に寝かせると、長く深い溜め息が口から漏れた。 こんなでは駄目だ。 明日は、蒼と海を誰かに任せて薪を取りに行かなければ・・・。 冬が越せない。 後一月もたってから斎藤さんと一緒に行ったとして、積もった雪が枝を濡らしてしまって、燃えが悪い。 無いよりはましだけれど・・・。 それでも、家を任されているのだから、子供たちを任されているのだから、自分がしっかりしなくては。 ぐったりと疲れた身体を床に横たえたい。 けれど、その前に家の中を暖めなければ。 いくら布団をかけたからって、人肌で温もっていた二人が抱き合って小刻みに震えているのを見ているのは辛い。 囲炉裏に取ってきた枝を並べて火をつけると、月の明かりだけだった部屋の中に、暖かな橙の明かりが灯る。 囲炉裏に水を張った鍋をかけて、芋と米を少しと麦を入れて、塩を足す。 今夜と明日の朝はこれで過ごして・・・。 鍋をかき混ぜながら、ふと自分がまた親指を噛んでいる事に気がついて顔を顰めた。 苛立っている場合ではない。 そんな事を思ってしまう資格なんか無いのに・・・。 変なことを考えている時間があったら、食べ物の確保と、薪の確保と・・・。 後・・・、後・・・・・・。 ふと、扉を叩かれて我に帰る。 家の外で誰かが声をかけているらしく、のろのろと疲れた身体を動かして外を伺うと、知らない男の人が二人、こちらを見て一瞬目を見開いた。 「あの・・・?」 「ここは、斎藤一の家だと思ったが・・・?」 「・・・そうですが、どちら様ですか?」 「元会津藩士の遣いの者だ。斎藤君はご在宅かね。」 「いえ、今は旅に出ていまして留守です。」 「そうでしたか。では、やはり行き違いになったようですな。」 「行き違い?」 斎藤さんと、何か約束でもしていたのだろうか・・・。 遣いの者だと名乗る二人が、誰に仕えているのかも分からず、本当に遣いの者かも分からずに戸惑っていると、二人が怪訝そうにこちらを見つめているのに気がついて、首を傾げて見つめ返した。 「つかぬ事を伺うが・・・、君は斎藤君の召使いか何かかね?」 「え?」 「確か、正式な奥方を娶ってはおらぬはず。・・・だが、妾という可能性もある。」 尋ねてきた男とは別の男が、ボソリと呟いた。 奥方だとか、妾だとか・・・。 「妻です。」 不躾な質問に機嫌を損ねて、素っ気無く答えると、男が二人、目を見開いてお互い顔を見合わせた。 「容保様は何と仰せだった?」 「いや、何も・・・。ただ、未だ独身の身だから、此度の話はさぞ喜ぶだろうと仰せで・・・、手紙で先に知らせた故、訪ねて来るだろうが、迎えに行ってくれと・・・。」 「ならば、妻はおらぬと・・・。」 「はい。」 容保様・・・・・・? 元会津藩主の松平容保様の事だろうか・・・。 呆気にとられ、話の内容に嫌な予感を覚え、身体が寒さ以外の理由で震え続けている。 「女、斎藤はお前なんかより高貴な身分の妻女を得る事になる。大人しく身を引くがいい。」 「斎藤は既に旅立ったのならば、ここに戻ってくることはあるまい。」 「・・・・・・。」 何を言っているのだろうか、この男二人は・・・。 斎藤さんは、あと一月もすれば戻ってくるって・・・。 仕事が決まりそうだから、もう少し待ってくれと・・・。 何を言ってくれているのだろうか・・・。 新手の強盗? 警戒心を強めて睨みつけると、隣のおじさんが男たちの後ろを通り、こちらを怪訝そうに伺って近寄ってきた。 「れいちゃん、どうした?」 「あの、こちらの方たちが・・・・・・。」 天の助けとばかりに話を向けると、男たちが振り向いておじさんを見て、「おお!」と微笑んだ。 「久しいな。元気だったか?」 「あ!!容保様ん所の!!いんや、久しぶりだぁ。容保様は元気だか!?」 「ああ。お元気でいらっしゃる。みんなの事を、それはそれは心配していらっしゃる。」 「ああ、有り難ぇこどだで。」 まるで拝むように手をすり合わせて二人に頭を下げるおじさんを見て、この二人が本当に容保様の所の人だということは理解できた。 けれど、何故今になっていきなり、訪ねてきて、変なことを言うのだろうか・・・。 「れいちゃん、安心しでけれ。こん二人は、容保様ん所の人たちだ。ほれ、家ん中あげてやっでけれ。」 「いや、私たちはこれで。」 「あに言っでんだ。斎藤は今いねぇけんど、こっだ夜中に追い返しちまっだら、斎藤に申し訳がただね。なぁ、れいちゃん。」 「・・・え、ええ。」 「いや、しかし・・・。」 「・・・・・・あの、どうぞ・・・。」 おじさんの後押しに押しに押されて、扉を大きく開けて男二人を家の中に招き入れた。 二人は遠慮をしながらも狭い家の中に入ってきて、その狭さに目を丸くして見せて、床に寝ている二人のわが子にも目を丸くしてみせた。 粗末な食事と暖のとれない家の中で、男二人に布団を貸し、自分は蒼と海を抱きしめながら、三人で一つの薄い布団で縮こまって寝た。 何だか、嫌な気分がずっと抜けない。 不安に押しつぶされそうで、苦しくて・・・、結局、あまり眠ることが出来ずに朝を迎えてしまうことになった・・・。
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