お昼が過ぎても、籠が枝でいっぱいになっても、海が疲れて寝ちゃっても、辺りが暗くなり始めちゃっても、蒼は帰ってこなかった。
「どうしよう・・・。」
林の近くには誰も住んでいない。
ここから家に引き返したとして、誰かに一緒に探してもらう間に蒼がここに戻ってきてしまったら・・・。
探すために奥に行って、蒼とすれ違ってしまったら・・・。
蒼が迷っていてどこかで泣いていたら・・・。
どうしよう・・・、どうしよう・・・。
「蒼!蒼〜!!?」
お昼ごはんのおにぎりも食べていないのに、お腹を空かせて倒れてしまっては居ないだろうか!?
「蒼、どこ!?」
海を背中に背負って、籠に沢山入った枝を標にして、最後に蒼が歩いていった方に向かって歩き出して、蒼を呼びながら辺りを見回して。
「蒼〜!出てきて!どこ?ねえ!!」
怖い・・・、蒼がどこかに行ってしまったら・・・、自分がきちんと見てなかったから・・・。
自分の責任だ、自分が蒼に満足をさせてあげられないから、蒼が去っていこうとしてしまうのだろうか・・・。
自分が不甲斐ないから・・・・・・。
どうしよう、これでははじめさんに顔向けできない。
暗くなるまで林に居るつもりは無かった。
だから明かりになるものは何一つ持っていないのだ。
枯れ木があっても、火打ち石が無くて火がつけられず、暗い中を彷徨うように蒼を探し回る。
足元の枯葉がガサガサ音を立てて鳴り、時折強く吹く風に舞っては視界の邪魔をしていく。
「蒼!蒼ー!!」
随分と奥まで来てしまったかもしれない。
足元の枯葉のおかげで、土の上は平坦になっているけれど、これが夏場だったらきっと、張り出した木の根や石などでガタガタしていて、歩きづらかっただろう。
もう蒼は籠の所に戻っただろうか…。
真っ直ぐに歩いて行ったとは限らない。
途中で曲がっているかもしれない。
あまり奥まで行くと、動物が居て危ないし、もし野獣に襲われていたら…、そう思って背筋が冷えた時、横手から小さな枯葉を踏み締める音が聞こえて来た。
「蒼!?」
振り向くと、しょんぼりとうな垂れた蒼がこちらに顔を向けて、走り寄ってきた。
「かか!」
転んだりしたのだろうか、着物に落ち葉をいっぱいくっ付けている蒼を抱き締めてから、肩を掴んで引き剥がして、顔を睨みつけた。
「あんまり遠くに行かないでって言ったでしょ!!どうしてこんなに奥まで来たの!?道が分からなくなっちゃった?」
自分の声に怒気が含まれていることを自覚しながら、それを抑えられない。
感情が昂ぶってしまっている自分を見つめながら、蒼が首を振った。
「…。」
まただ…。
また何も言わずに黙ってしまう。
「何で?道が分かっていたのね?」
聞くと、小さな頷きが返ってくる。
「じゃあ、かかの言いつけを破ったってことね?」
蒼が見つめ返してくる。
けれど、表情が見えないほどに辺りが暗くなってしまって、何を思っているのかが分からない。
分からない…、蒼が分からない…。
「とにかく、帰るよ。こんなに暗くなっちゃって…。」
蒼の手を握りしめて、半ば引きずるように引っ張る。
蒼は黙ったままで、それに余計に苛立ってしまった。
蒼の手を握っていない方の手を握りしめて、親指を口元に持っていき、思い切り指先を噛んで苛立ちをどうにか抑えようとするのだけど、上手く行かない。
子供に言うことをきかせようとする事が間違っているのだろうか、危ないからダメなんだと言ってわかる訳が無い。
だからって、林の中で迷子になるなんて経験、させたい親がどこにいると言うのだ。
基本的には、言うことをよく聞く良い子の蒼だけど、主張は激しいほうだ。
表に出さないだけで、内側では沢山の想いを抱えている。
けれど、その想いが分からない、分かってあげられない…。
親として未熟だから?
人間として未熟だから?
蒼の為に、あと何をしてあげれば良いのだろうか!?
蒼の手を強く引っ張りながら籠の場所まで戻ってくると、籠の中に入っていたおにぎりの包みを取り出した。
収めておいた枝がかなりこぼれたけれど、暗くて拾いきれないだろうから、もう無視をした。
おにぎりを一つ蒼に手渡して、自分は籠を持って蒼の手を持って、歩き始めた。
「暗くて危ないから、林を出ようね。おにぎり、食べながら歩いて。」
諭すように言う言葉にも苛立ちが混じってしまっている。
蒼は、きっとそんな自分の事もお見通しで、だから余計に何も言わなくなってしまうのかもしれない。
歩きながら、引っ張られながらおにぎりにかぶり付く蒼をチラリと見ながら何とか林を出ると、月の明かりが差してきて、辺りがほんのりと明るくなった。
改めて蒼を見下ろすと、所々落ち葉にまみれ、土汚れもついている。
怪我をしているようには見えないけれど、おにぎりを食べ終えて手を舐めている蒼の目はとろん・・・としてきている。
どこまで歩いて行ってしまっていたのだろうか・・・。
そんなに、自分から離れていきたいのだろうか・・・。
「蒼、眠い?」
聞くと、こくんと頷く。
しゃがみ込んで蒼を腕に抱き上げると、縋り付くように腕の中に身を任せてくれる蒼に安堵しながら、ゆっくりと抱き上げて歩き出す。
背中の海の重みと、腕の中の蒼の重みで、足取りは一気に重くなる。
けれど・・・、今この子達を守れるのは自分しかいないのだから・・・。
遠くに行きたがる蒼も、こうしてすがり付いて、腕の温もりに身を任せてくれる。
だから、嫌われているわけではないと思う。
なら・・・、なら何故蒼は遠くに行きたがるのだろう。
ただの好奇心ならこんなに心配しないで済むのに・・・、その保障が欲しいなんて、やっぱり親として失格なんじゃないだろうか・・・・・・。






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