ふと、蒼の泣き声で目を覚ます。
身体中の節という節が悲鳴を上げている・・・。
「・・・。」
布団の中に横たわる自分を、少し不思議に思いながら寝返りを打つ。
閉められた障子の向こうから朝日が差し込んでくる。
誰かが先に起きて、開けたのだろうか…。
あれは、夢だったのだろうか…。
なんて幸せな夢だろう…。
現実に起こる日を心待ちにし過ぎて、夢に見てしまったのかもしれない。
何とか身体を起こして蒼を籠から出すと、そのまま布団に倒れこんで授乳し始める。
寒いのに暑い、暑いのに寒い…。
こんな時は余計に心細くなってしまう。
どうしてこんなに泣き虫になってしまったのだろう…。
熱で潤んだ瞳から、涙が溢れ出てきて止まらない。
嗚咽で息が苦しくなるのに、止められない。
その時、襖が開く音がして、静かな足音が近づいてきた。
障子の方を向いているれいの目の前までわざわざやって来ると、座り込んで水桶を横に置いて頭を撫でてくれる。
「何故、泣く…?」
えぐえぐしゃくり上げるれいの涙を手ぬぐいでそっと拭って、水桶に浸してから絞る。
そして、そっと額に乗せてくれる。
「あまり泣くと、熱が上がる。そばに居るから、安心して泣きやめ。」
洋装に身を包んだ斎藤さんが、れいの伸ばした手をギュッと握り返してくれる。
「ふえぇ、ひぐっ…、ゆ、夢じゃ…、無かった?」
「夢ではない。俺はここに居る。」
「も、どこも…ひっぐ、行かない?」
「…、沙汰次第では、分からぬ。が、沙汰が下るまでは…。」
実直な瞳で、こんな時でもずっと居られるとは言わない、不器用な人…。
「はじめ…さんっ、だぁぁ。」
「ああ。」
顔を真っ赤にして泣きやまないれいの手を握りしめたまま、斎藤さんがれいの唇に口づけを落とす。
その感触が現実だと更に教えてくれる。
「蒼は、元気だったか?」
斎藤さんが顔を覗き込んだまま尋ねるのにそっと頷いて、胸に吸い付いてる蒼を見せようとすると、顔を赤く染めて、首を振る。
「いや、良い。食事中だろう。」
遠慮をする斎藤さんに頷いて、蒼が飲み終わるまではそのままにしておいた。
握り締めた手から伝わる、少し冷たいくらいの温度に安心して、ようやく涙が落ち着いてきた。
しばらく、静かな時間が流れるのを、斎藤さんを見つめながら感じていて、蒼が飲み終わったのを感じて胸からはがした。
蒼は目をぱちくりと瞬いて斎藤さんを見上げた。
「お願い、ゲップをさせて。」
「むっ!?」
蒼を渡そうとすると、斎藤さんが途端に視線を彷徨わせて、恐る恐る受け取る。
「縦に抱いて…、顔を肩に乗せるくらいで…、そう。それで、優しく背中を叩くの。」
斎藤さんが、言われた通りに縦に抱くと、困ったようにれいを見下ろしてくる。
「ど、どうやって背中を叩くのだ?」
しっかりと抱きしめている両手を、離すことが出来ないらしい…。
れいが腕だけを動かして斎藤さんに教えてあげると、ようやく蒼のゲップが完了した。
「有難う。はじめさん、上手。」
両手を上げて、蒼を渡してと伝えると、斎藤さんが首を振る。
「いい。抱いて居る。お前は気にしないで寝ると良い。」
「・・・有難う。」
そう言うれいだったけれど、目を閉じようとしない。
それに苦笑して、斎藤さんがそっと囁く。
「先月、ここに立ち寄るまでの間、随分とお前に助けられた。」
斎藤さんの言葉に身に覚えが無くて、瞳を何度か瞬くと、斎藤さんが目元を和ませて頷いた。
「ずっとお前の声が聞こえていた。俺を呼び、導いてくれた。」
あの声がなければ、自分は血を求めて狂っていたかもしれない・・・。
自制心は強い方だが、それでも・・・、あの充満した血の臭いの中で、血を貪らずに居るのは、拷問以外の何物でもなかった・・・。
自分を自分で居させたのは、武士としての誇り、そしてれいの声だった・・・。
気が狂いそうになるとき、意識が遠のきそうになるときには、決まって声が響いてきたのだ。
「ずっと、助けてくれていたお前に、俺は何を返せるだろうか・・・。」
「何も・・・。はじめさん以外、何も要らない・・・。」
斎藤さんの膝の上に手を置きながら、れいが呟く。
「はじめさんが生きていることが、お返し。傍に居てくれるなら、もっと嬉しいけど・・・。」
れいがそう答えると、斎藤さんが小さく頷きを返してくれた。
「ね、どうして帰ってこれたの?」
ふと、疑問を口にする。
沙汰があるまで、自宅待機・・・とか、あるのだろうか・・・?
「会津藩士たちは、みな同じ場所で沙汰を待っている。俺は、藩士の一人のご息女からの情報で、特別に便宜を図ってもらった。」
「藩士のご息女・・・?」
「ああ。お前が、伴もつけずに赤子連れで城下をうろついていると・・・。」
城下を・・・。
では、あの女性が言付けをしてくれたのだ。
お礼をきちんと言いたい・・・。
「最後に見たときは、顔色が悪かった、あれでは身体を壊すと・・・。そう言われて、急いで来たのだが・・・・・・。」
斎藤さんの言葉が、次第に低く、怒気を孕んでくる・・・。
れいを見下ろす瞳が、無茶をした後に諌めるときの、懐かしいそれに変わっている。
「何故無茶をした?家で大人しく待って居れば良かったではないか。」
「だって、はじめさんが無事だっていう証拠が欲しかったんだもの。」
「無事ならば、証拠などどこにも無い。探しても無駄だっただろう。」
「うん。何も無いことを確認しに行ったの・・・。だって、もう、ジッとしていられなかったんだもん・・・。」
拗ねたように言いながら、斎藤さんの膝に爪を立てる。
「そうして無茶をした結果がこれだ・・・。」
じっとりと睨めつけられて、思わず溜息が零れる。
「はいはい、すいませんでした。どうせ、無鉄砲で考え足らずです。」
ようやく斎藤さんから視線を外して仰向けになると、目を閉じた。
「だから、はじめさんが傍に居て止めてくれなきゃいけないんです!もう、熱が上がるからお小言は結構!」
「お小言などではない。俺は心配を・・・。」
尚も言い募る斎藤さんの膝を抓ってから、耳を手で塞いだ。
「心配なら、離れなければ良いのに!私を一人にするからいけないんでしょう!」
「そうやって、自分を棚に上げて・・・。」
「棚にだって何にだって上げますよ。とにかく、その話はまた今度ね!」
熱で赤くなった頬を膨らませるれいに、再び口付けをすると、斎藤さんは
「傍に居るから、安心しろ。おやすみ。」
と告げる。
目を閉じて、目尻から一滴の涙が零れるのを拭うこともせずに、斎藤さんの膝に手を置いたまま眠りについた。





斎藤さんはしばらくれいと共に過ごした。
そして、会津藩士たちに下った謹慎という処分に自らも加わり、塩川へと移った。
この謹慎がいつまで続くか分からないうえに、会津藩士では無いということで、れいと蒼は一緒に行くことは出来なかった。
再び、渡部家で待つだけの生活に戻ることとなる。
しかし、戦に赴いているわけではなく、手紙のやり取りも出来たため、れいの心は大分晴れやかになっていた。






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