れいが城下へと行かなくなってから数日後、会津に初雪が降った。
中庭で遊ぶ子供たちの様子を見ながら、れいは空を見上げた。
ちらり、ちらりと舞い落ちる白い粉雪を、伸ばした手の平で受け取ると、じわりと溶けてすぐに消えていく。
「ね、みんな、ちょっと蒼見てて。洗濯物取り込まなきゃ。」
籠の中で寝かせている蒼に、子供たちが駆け寄ってくる。
「お願いね。」
「まがせろぉ!」
元気な声で返事をするのに微笑んで、洗濯物へと向かう。
自分たち用の洗濯物を取り込んで籠の横に置くと、奥にある洗濯物を取り込んで母屋に持って行き、縁側に座り込んで畳み始める。
空から降りてくる白い雪が、あの日の花弁と重なる。
あの日々の・・・、薄桜の花弁・・・。
雪なんて、寒いだけであまり好きじゃなかったのに・・・。
儚く消えてしまう白い姿が、自分を残して消え去っていってしまう愛しい人たちの姿に重なって、全然好きになれなかった・・・。
それなのに、今自分の目には、いつまでも残る薄紅の花弁と同じように映っている。
「何で・・・。」
好きじゃなかったのに・・・・・・。
地まで辿り着く雪は、消えずにまた次の雪を迎え入れて、どんどんと地を埋め尽くしていく。
それがまた、降り積もる花弁の思い出と重なる。
この綺麗な情景を、斎藤さんと一緒に見たいと思う。
思うのに・・・・・・。
肝心の斎藤さんが、ここには居ない・・・。
畳んでいる洗濯物が、歪んでくる。
一人になると、途端に涙腺が緩んでしまって困る。
自分が泣くと、斎藤さんが戸惑ってしまう。
「何故泣く・・・?」
そう言って、どうしたら良いのか分からないと訴える表情で、頬を拭ってくれるのだ。
あまり困らせたくは無いのに、自分の涙腺は、一人のときと、斎藤さんと一緒に居るときにどうしてか緩むのだ。
一通り畳み終えると、部屋の中へ入れて、雪が入らないように障子を閉める。
そして、離れに戻ってくる。
外に居た子供たちが、家の中に移動していて、家の中からきゃいきゃいはしゃぐ声がする。
蒼も、籠ごと一緒に運んでくれたようで、中に一緒に居る。
縁側に座り込んで、残った洗濯物を畳みにかかると、急激な寒さに襲われる。
静かに降っていた雪が、風に舞い踊り、時折れいに降りかかる。
カタカタ震えだす身体を擦りながら、洗濯物ごと自分も部屋に入り、障子を閉めると、火鉢に近づく。
会津の冬は寒い・・・。
暑さに弱い自分は、じゃぁ寒さに強いかと言うと、そうでもない・・・。
体調面では問題ないが、寒いのは好きじゃない。
着物の上に綿入れを着こんでも、全然寒い・・・。
城下へと通っていたときは、気が張っていたのかもしれない、そこまで深く考えなかったのだけれど・・・。
蒼に、とんでもなく寒い思いをさせていたのだと、今更ながら反省する・・・。
洗濯物を畳み終えると、蒼の様子を見る。
起きているようで、目を動かして周りを見ていたが、れいを見つけると途端に顔を歪めて泣き始める。
思わず微笑んで抱き上げると、満足したようですぐに泣き止む。
愛しい我が子は、雪のようにすぐに消え去ってしまわないで欲しい・・・。
蒼をあやしていると、子供たちが駆け寄ってくる。
「な、れいちゃん!」
「ん?」
「飽きた!」
「遊ぼう!」
「遊んで!」
周りを囲んで座りだす三人に頷いて、部屋の隅に置いてある文箱を取り出す。
「じゃ、今日も文字を教えてあげるね。」
「うん!」
「おら、自分の名前、書げるようになったど!」
「おらも!」
「本当、凄いね!今度は、みんなの名前ね。」
「れいちゃんの名前も?」
「そう。覚えてね。」
子供たちが家の中で遊びたがる時、こうして文字を教えてあげるようになった。
時には、簡単な計算も教える。
蒼が居て、あまり走り回って一緒に遊ぶことが出来ないからと思って考えたことだけれど、案外好評だったらしい。
寒さで震えながら、みんなで文字を書いて遊んでいると、いつのまにか夕方になってしまい、ご飯を作る前にみんなが帰ってきてしまった。
「すいません、今すぐ。」
「ああ、今日は雪さ降っで来で、早ぐ帰っで来たがらな。気にしねでけれ。」
お婆ちゃんが、文字を真剣に書いている曾孫たちを嬉しそうに眺めて隣に座りだす。
「爺ちゃんはな、そらぁ頭の良い人でな、いっぺ、本読んでたんだ。おめらも、文字いっぺ覚えで、あっこにある本、読んで良いがんな。」
「うん!」
「ほら、これが、婆ちゃんの名前!」
「おお、よぉぐ書げてんなぁ。」
お婆ちゃんが頭を撫でてあげて、嬉しそうに、得意そうに笑っている。
そんな様子に幸せを感じている自分も、確かに居る。
斎藤さんが傍に居なくても、自分は幸せで居られる。
ただ・・・、生きていると、それさえ分かれば、安心出来るのだけれど・・・。
「じゃ、ご飯作ってくるね。」
「ああ。蒼も、面倒みてやっがら、おいてけ。」
「有難う。」
震える身体に気合を入れてお勝手に急ぐと、寒さで上手く動かない身体を叱咤して、ご飯を作り、母屋にも準備を整えて子供たちを家に帰した。
相変わらず三太は離れに陣取っていて母屋に帰らないのだけれど、あれ以来警戒を怠っていないので、特に何もしてこなくなった。
して来そうになっても、すぐに剃刀を見せると退いてくれている。
雪が降ると、こんなに震えが止まらないほど寒いのかと、そう思いながら布団に潜って一日を終えた。
そして翌朝、静かな気配に目を開ける。
朝の様で、雨戸の隙間から明るい光が差し込んで来ている。
鳥の鳴き声がしない、辺りのシンと澄んだ空気で、雪が積もっているのかもしれない、と分かる。
京でも、雪が積もった日の朝はこうして静かな冷えた空気が辺りに漂っていた。
身体を起こそうとするのだけれど、暑いのに寒い、震えて軋む身体に難儀する。
蒼は、まだ寝ている。
風邪をひいたかもしれない…。
昨日から、寒さが尋常じゃないと思っていたけれど…、この節々の痛みには、覚えがある…。
貧血はよく起こすが、風邪をひかないのが自分の良い所だったのに。
何とか身体を起こすと、障子を開けて、雨戸を開ける。
キラキラと朝日に照らされて輝く雪の絨毯に溜息がこぼれる。
積もった雪は、厚さがあまり無く、所々土色が見えている。
それでも、美しいと思うのは、弾ける光の乱射が、あの池を思い起こさせるからだろうか…。
怠く軋む身体に無茶をして、庭に出ると、足跡をつけながら道へと進み、畑を眺める。
吐く息が白く流れていく中、れいは畑に積もり、輝く光の乱舞を見ながら、ガクリと膝を折った。
雪の上に触り込む前に抱きかかえられて、その腕の温もりと、漂う香りで一気に涙腺が決壊した。
「そのように泣くな・・・。」
低く、呟くような小ささで、戸惑いを表す言葉に、益々涙が止まらなくなり、嗚咽がもれる。
「すまない・・・、不安にさせてしまったようだな。」
嗚咽を零して泣き乱れるれいに新鮮さを覚えて、改めて自分の方を向かせて、その顔を見つめた。
しっかりと腕に抱きとめて、頬に手を当てる。
「熱がある・・・。」
途端に、柔らかな目元を険しくさせて、れいを抱き上げると離れへと運び始めた。
れいは自分を抱えて運んでくれる温もりに身体を任せて、そのまま意識を混濁させていった・・・。






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