朝から、我が子の機嫌が悪いらしく、ずぅっと泣いていた。 寝ている間は良いのだが、起きている間はずぅっと。 何かが不安なのだと、お婆ちゃんが教えてくれた。 きっと、自分の不安が移ってしまっているのだろうと、そう思った。 みんなが畑に出ている間に、掃除に洗濯、食事の支度をしながら気を紛らわすけれど、一向に気持ちが上向かない。 会津城下が焼けた・・・。 畑からでも、その大きな黒煙が見えたのだ。 城が焼けたと思ったけれど、様子を見た人が城ではなく城下だと教えてくれた。 けれど、どちらにしても戦況は最悪で、どうしたって鬱々としてしまう・・・。 あの中のどこかに斎藤さんが居るのかと思うと、不安で仕方が無い。 自分の様子を心配して、三太がいつでも傍に居てくれるのだが・・・、収穫の時期も大詰めの今、朝から夕方までは畑で仕事をしている。 そして、正直傍に居ないほうが落ち着くのだ。 傍に居てくれれば気がまぎれる。 けれど、その分無理をして平気な振りをしなければいけなくて、辛いのだ・・・。 自分が泣くのは、一人の時か斎藤さんの前でだけだ。 夕飯の支度を済ませても、みんなはまだ帰ってこない。 収穫の時期は、野菜によって違うらしい。 もう少ししたら収穫だと言う畑が、少し先にあり、今は手前の畑の野菜を収穫している。 まだ日が沈むまでには時間があり、外の風に当たって、気を紛らわせようと考えた。 れいは、泣き続ける赤子を抱き締めて、家を後にした。 あまり外に出れず、出ても家の周りと前の畑だけで、自分も退屈していたのだ。 少し遠くの、誰も居ない畑に自然と足が向いた。 ゆっくり、あやしながら歩くと、少しだけ気分が紛れたのか、泣き方が緩くなってくる。 泣きすぎて疲れてしまうだろうに、自分が弱いから、不安が伝わってしまうんだね・・・。 ごめんね・・・。 子に心の中で謝りながら、そっと子守唄を口ずさむ。 少し背の高い木の下まで来ると、立ち止まり、子をゆっくり揺らしながら歌を口ずさみ続ける。 姉の子にも、妹の子にも歌ってあげた子守唄、母から教えてもらった。 時折吹く冷たい風から守るようにしっかりと抱き締めて、不安を煽らないように笑顔を心がける。 すると、次第に泣き止んで、目をトロン・・・とさせる我が子に見惚れる。 畑の方から、ガサガサと音がし出す。 風に揺れる葉擦れの音とは違う。 犬か、何か動物か、それとも・・・? ゆっくりと振り向くと、畑の中から黒一色で統一され、所々薄汚れて、破けている洋装に身を包んだ、深い空の蒼を宿した瞳の・・・・・・、斎藤さんが出てきて、目を見開いてこちらを眺めていた。 幻だろうか・・・。 会いたくて、会いたくて、ついに自分は幻を見てしまったのだろうか・・・。 涙で歪む幻に向かって、そっと囁いた。 「お帰りなさい・・・。」 幻の斎藤さんが、駆け寄ってくると頬に触れて、自分の手の汚れにギョッとして思わず引っ込める。 その手を握り締めて、暖かさを感じる。 「幻じゃ・・・無い・・・?」 「・・・・・・れい・・・?」 斎藤さんも、意外なものでも見たかのように、緊張を全身に走らせている。 その手を頬に当てて、自分の手で挟みこみ、そっと頬を擦り付ける。 「本物?」 「・・・ああ。」 れいの手の中にある小さな包みを見て、そしてれいに視線を戻す。 うろたえた様な揺れる瞳に、思わず笑みを洩らす。 「静かにね。今やっと寝たばかりだから。」 「無事に・・・。」 「そう。名前、決めて欲しくて、ずっと待ってたの・・・。」 そう言うと、れいは斎藤さんの全身を見回して、眉を顰めた。 「終わったわけじゃ、無いんだよね・・・。」 「・・・すまない・・・・・・。」 「いいの。無事だって分かったし、会えたし・・・。すぐに、行っちゃう?」 「・・・・・・いや。」 「今夜は?汚れを落とさなきゃ、服も繕って、綺麗になったらこの子を抱いてもらって・・・・・・、そんな時間、ある?」 「しかし、匿ったと知れたら・・・。」 「そんなこと、気にしない。」 れいが、ギュッと手を掴んでくる。 その手が微かに震えているのを感じて、斎藤さんが頬を持ち上げる。 顔を覗き込み、そっと口付ける。 短い口付けを交わすと、れいが手を引いて歩き出す。 斎藤さんは戸惑いながら後をついていく。 これほどに、艶のある女性だっただろうか・・・。 相変わらず童顔には変わらないが、纏う雰囲気が女らしくなったと言うか、幼く見させていた所作がなりを潜めて、年相応の艶やかさを醸し出している。 巡っていた想いの中のれいとはまた違い、同じ女性に、二度惚れた・・・。
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