夜中、伊東さんが留守なことを確認すると、部屋に忍び込み、金子の包みを持ち出した。 誰かが見ているのを確認して、わざと見せ付けるようにしてその場から逃げると、島原へと逃げ込むように見せ付けてから、その後しばらく陰に隠れ、そしてれいの家へと行った。 夜中だと言うのに、れいは起きていて、自分を暖かく包み込んでくれた。 ただ眠れないのだと思っていた。 深く考えてやることが出来なかった己を、後で呪った・・・。 数日間泊まると告げて翌日、買い物に出掛けたれいが血相を変えて家に駆け込んできて、俺の懐から金子を探り出して、震える手で包みを開くのを見て、もう知れてしまったのか・・・と、その聡さに誇りすら覚えた。 そして、泣きそうに顔を歪めながら笑顔を向けてくるれいが、無事に新選組に帰れるのかと心配しているだけだと勘違いした。 それほどまでに、れいは完璧に隠し通した。 副長から告げられて、家へ確認しに走るまで・・・、俺は気付けなかった・・・。 それほどまでに重大なことを隠しているとは、思っていなかった・・・。悟ってやれなかった・・・。 様々なことを悟り、気付き、その度に俺を気遣い、助けてくれたれいに、俺は何もしてやれなかった、何も気付いてやれなかった・・・。 れいの所を出て行くまで、毎晩・・・と強請られて、ただ愛しいと、可愛いと、そう思っただけの自分を、どれだけ恥じただろうか・・・。 れいは、最後のつもりでそう言ったのだ。 あの言葉に込められていた気持ちが、今でも胸に響いて痛む・・・。 天満屋警護を終えて屯所へと戻ると、副長に呼ばれた。 局長が静養の為に不在だというこの時期に、一人だけ呼び出されると言うのが些か気にかかった。 また、何か極秘任務でもあるのかと思ったが・・・、どうもそうではないのだと、手紙と自分を見比べて溜息ばかり吐いている副長の様子から伺えた。 それまでは忙しくて先送りになっていたが、と思い、休息所の許可を貰おうと口を開きかけた時、即座に副長に止められた。 何故、女の話だとすぐに分かったのか、疑問だったが・・・・・・、その後の話で意味は理解できた。 れいがもう居ないと・・・、碌な女じゃないから、諦めろと・・・。 ただ、それが事実だとはどうしても思えずに、言葉が空虚に通り過ぎていく。 女に現を抜かしている場合ではない。 だから、そんなことを言って、気持ちを引き締めろと、そう言う事かとも思ったが・・・、どうも様子が違う。 新八と左之に促されて、副長に捨てろと頼まれた手紙を読んだ。 そこには、あの癖のある丸みを帯びた字で綴られていた・・・俺を思うれいの言葉。 自分は平気だ、だからみんなも無事でと・・・願う文字の震えて乱れる様が、れいの気持ちを如実に表していた。 ただの強がり、強がらないと動けない、そう語りかけていた・・・。 れいの家へと急いだ。 もう、そこには居ないのだと気付きながら・・・、走らないでは居られなかった・・・。 れいの家の中で見つけた、書置き・・・。 待っていると、そう言ってくれたれいは居なかった・・・。 書置きと、一房の髪を残して、何も無くなっていた・・・。 けれど、そこに込められた思いが沢山残っていて・・・苦しくなった・・・。 傍に居なくても、いつまでも待っていると、そう言っているように感じたのだ。 自分の勝手な解釈で、そう思わないでいられなかったのかもしれない。 けれど、確かに聞こえた気がしたのだ。 「お帰りなさい。」 と、れいの声で・・・・・・。 ああ、そうだ、あの時から、れいの声は耳に響いていた。 いつだって、自分が苦しくなると声をかけてきてくれていた。 傍に居なくても、その存在は常に自分と共に在ったのだ。
戦線を駆け抜けて、会津新選組の隊士たちをまとめ、お堂の中に至った。 少しの休息ですら、大きな救いになる。 会津城下は、新政府軍に囲まれてしまってなかなか近づけずに居る。 何とか突破して、中に居る人たちを助けたいと思うのだが・・・、それには、外で自分たちと同じように苦戦している会津軍との合流が必要だ。 「隊長、どうしますか?」 隊士の一人が聞いてくる。 それを見上げて、一瞬だけ考え込むと、耳を澄ませる。 何故だか、ずっと赤子が泣いている声が聞こえてくる。 耳鳴り・・・? 流石に疲れが溜まっているのだろうか・・・。 その耳鳴りの向こうから、潜ませた足音が数名分聞こえてくる。 「誰か来るらしい・・・。」 数名分の足音、しかし、気配はもっと居ると告げている・・・。 「迎撃しますか?」 少し先で休んでいた隊士が立ち上がろうとする。 「いや、ここは撤退を。固まっての行動は無理だろう、バラバラに散れ。」 合流場所を告げて、みんなを見渡す。 疲れてはいるが、まだ目は死んでいない。 頷くと、そっと外を伺う。 どうやら、囲まれているらしい・・・。 銃口をいくつも向けられていて、無事に全員が切り抜けるのは難しいと判断する。 「俺が先に出て、血路を開く。」 「隊長一人では無理です!俺も共に行きます。」 若い隊士が横に並んで刀に手をかける。 その様子を見て、年配の隊士が銃に手をかける。 「援護します。・・・無事、切り抜けてください・・・。」 数名が銃を手に、配置につく。 ここで死を覚悟に、援護射撃をすると言う隊士たちを見つめて、何かを言いかけて、言葉にならなくて一度口を噤んだ。 数度呼吸を繰り返して、グッと唇を噛んでから、やっと言葉を紡ぎだす。 「道を開いたら、すぐに追って来い。ここで果てることは許さない。」 「はっ!」 隙を伺い、手で合図をすると扉を蹴破って外に躍り出る。 後ろからは援護の銃弾が、前からは攻撃のための銃弾の雨が降り注ぐ中、刀を抜き放って素早く数名を切り崩して、更に横に展開する数名を切り捨てる。 奥から飛んでくる銃弾を避け、躍り掛かると、大きな道を作りながら突き進んでいく。 援護射撃が既に止んでいることに気付かない振りをして、追ってくると信じて駆け抜ける。 銃弾の音が響く中、赤子の鳴き声が大きくなった気がした。 咆哮を聞きすぎたが故の耳鳴りなのだろうか・・・・・・。
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