寝息を立てているれいに、しばらくの間放心状態で見入っていた。 膝に頭を乗せ、いや、あれはほぼすがり付いているような状態だった・・・。 剥き出しになった足をそのままに寝入るれいの瞳から零れ落ちる涙に、再び思考が乱されて・・・、抱き締めて、連れ去りたいと心が騒いだ・・・。 れいが一体何を考え、どう思って、自分に口付けをしてくるのかが分からず、どうして膝の上で寝入ることが出来るのかがわからず・・・。 ただのはしたない女とは違うのは分かっているのに・・・、まるで遊女のようにしな垂れかかってくる様子に・・・、本当に本当は、誰にでもこのようにしているのではないか・・・と、疑問が頭をもたげる。 それでも、寝ている間に流れる涙は、綺麗で、無防備で・・・、胸を抉られるような痛みが伴っていた・・・。 必死に探して握り締める手・・・。 夫を亡くし、家族に冷たくされて、それでも強く笑顔を絶やさないれいが、実は強くはないのだと・・・、理解した。 強がっているだけで、その強がりは、相当心の奥まで根付いているようだった・・・。 ふと、溜息を零して目を開けるれいが、今までとは違う色艶を醸し出していて・・・、新しい一面に胸が締め付けられる・・・。 四半刻もたっていないうちに目を覚ましたれいの口から、胸にわだかまる疑問の答えの一部を貰った。 触れたいのも、触れられたいのも・・・、俺だけだと・・・・・・。 それなのに、何故か遠ざかろうとするれいの強がりを、崩してやりたくなったのだ・・・。 抱き締めて、 「俺だけに触れられたいのだろう?」 そう聞くと、戸惑いながらも素直に頷く。 自分から近寄ってくるくせに、近寄られると戸惑い、逃げようとする・・・。 ならば、逃げられないように捕まえておけば良いのだろうか・・・? 初めて、自分から口付けをした。 身を硬くして受け入れているれいの身体の緊張に、誰彼に触れさせているわけでは無いのだろうと実感する・・・。 他人から与えられる行為に慣れていない様子に、安堵と、愛しさが込み上げてくる・・・。 そうだ、愛しさなのだ・・・。この小さな女性の一挙手一投足に、翻弄されるほどに愛しさが溢れてくる・・・。 惚けて、とろん・・・とした表情を曝しているれいに、抑え切れない思いが溢れ、首筋を舌で拭い、肩に吸い付いた。 ビクリと全身を震わせて吐息を漏らすれいの耳を弄る。 胸に顔を埋めて縋り付いて来るその様子に、満足を覚えた・・・。 無理やり組み敷いて行為に及ばなくとも、こうして受け入れて反応を返してくれるだけで、いや、そちらの方が・・・、きっと素直になれるのだと・・・、何となくそう思ったのだ・・・。 みんなの部屋に戻り、その後新八に抱き締められ、副長に組み敷かれ、あまつさえ胸を揉まれるなど・・・・・・!あってはならぬ!!! 思わず鞘で強か打ってしまったが・・・、あれは必要悪だろう。 俺だって、そこまで触れるのは我慢している。れいが望むまで待つつもりだ。 送り届けるだけで帰ってくるなんて、心苦しいにも程が有るというのに・・・・・・。 島原に再び戻り、未だに眠りこけている新八と副長の枕元で睨みつけながら起きるのを待っていたら、何かを察したらしく、二人とも刀に手をかけて飛び起きたが・・・。 それほどまでに殺気を放っていたか・・・?と、少しだけ疑問を持った。 些細な殺気にすら敏感に反応していたのかもしれない。 流石は副長と新八だ。 俺も見習おう・・・。
大分新政府軍からの銃撃が収まってきた。 本陣に近づいたからだろう。 人が増えてきたが、みんな幕府軍だと分かり、安心する。 くたびれて来た心に、思い出が入り込んでくる・・・。 今も、あの頃のように不安げな寂しさを瞳の奥に揺らしているのだろうか・・・。 笑顔と、頼りなげな儚い表情とが、交差していく・・・。 呼ばれていると思う・・・。 ずっと、耳の奥で声が木霊する。 いつも、自分の想像を超えた場所に居るのだ・・・。 その度に、翻弄された・・・・・・。
髪結い処に、度々顔を出すようになった。 心配と言うのは建前で、ただ会いたいのだという思いを、その頃はまだ誤魔化していた。 しかし、行く度に他の客に牽制され、客との仲の良さをひけらかされ、更には山崎と良い仲だと聞かされる・・・。 これが、面白いわけが無い・・・。 客が引けると、必ず抱き締めて唇を奪った。 嬉しそうにそれを受け入れるれいに安心しつつ、他でもそんなことをしているのでは・・・と、相変わらず不安が頭を支配していた・・・。 それ故に、素直に笑うことが出来ずに・・・、顔が固くなっていたかもしれない。 その不安を胸に秘めたまま、島原での偵察に当たっていた折・・・、れいと同じように、瞳の奥に揺れる光を宿した遊女を見かけた。 そんな瞳をした人間が、そんなにいっぱい居るのかと・・・、興味を引いた。 遠めで分かりづらかったが、顔もどこと無く似ていると感じたのだ。 どうせなら、似ている女でも傍に置いて、瞳の奥の揺れの謎も解き明かせたら・・・、そう思った。 対象がその遊廓に来るのは分かっていた。 案の定、入ると既に一人は来ていた。 待合に座っている場所に居るわけにも行かず、先ほどの女を買うのを実行に移して部屋に入る。 少し遅れて入ってきた遊女が、ぎこちない様子で慣れない話術を披露する。 名前を聞かれ、咄嗟に一だと名乗ったのは、ただ新選組だと気付かれないためだったが。 一向に近寄らず、酌もしない遊女「りん」に、初めて客をとるにしても、禿としてずっと育ってきているだろうに・・・と少しばかり不審に思う。 が、不安げな様子に、れいが重なる・・・。 任務の途中で女を抱く気にはならない。今、抱きたいと思う女は一人しか居ない・・・。 あぁ、そうか、俺はれいを抱きたいと思っていたのか・・・。 思考がよそへ行く間、りんが何やら帰ると言い出す。 それも、客が気に入らないからとかではなく・・・、こちらの任務を気遣って・・・と・・・。 その口調と、柔らかい声、「大丈夫」と言う時の全く大丈夫に聞こえない余韻・・・。 思わず手を引いて顔を見つめた。 部屋は薄暗くしてある。 その灯りでは判別が難しいが、化粧をしている顔の下には、垂れた瞳とふっくらとした唇、困ったときに見せるれいの表情に似ていた。 しかし、遊女をしていると聞いたことは無い、それに、髪を結っている・・・。一日二日で伸びるわけが無い・・・。 「いや・・・。そんなはず、いや・・・。」 れいであるはずが無い・・・。それなのに、何故かこのまま返す気にならなくなった・・・。 その後、静かに酌をされながら辺りを伺うが、時折、りんが気になってそっと様子を伺う。 俯いたまま、杯が空になるとそっと注ぎ足す。その様子が頼りなげで、何故か心を乱される。 酒が無くなったから・・・と、そっと外に出て行くりんを見送って、溜息が零れる・・・。 胸元の開いた遊女の着物を纏ったりんは、背も小さいらしい・・・。 益々れいと重なって、酔いもあって、混乱してくる。
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