事件の後、山崎からはれいの髪結い処も平穏に戻り、何事も心配は要らないと聞かされて、安心して過ごしていた。
それだけの情報なのに、安心している自分に、あの頃は疑問を持たなかった。
ただ、新選組に関わりのある人物が無事だと安心する、くらいの認識しか無かった。
頭の中から消え去る事が無いという事実にも気付いていなかった。
しかし、梅雨の終わりかけ、れいが屯所に乗り込んできて驚いた。
最初は誰か分からなかった。
副長がどこかの婦女子に惚れられて、追いかけられているのだと思った。
華やかな着物に身を包み、若い女子の格好をした人物を投げ技で地に投げた副長を見て、注目の的になっているのに気付き、止めるために近寄った。
女性に、頬に口付けをされている・・・。
屯所内でそのような振る舞いをする等・・・!
女性の大胆さに面食らっていると、新八と左之に平助と総司も近寄って来た。
「れいさん、大丈夫か?」
そう言う平助の言葉に、思考が止まった・・・。
自分の場所からでは、顔がはっきり見ることが出来なかったが・・・、平助の場所からだと顔が見えるらしい。
れい・・・と、言ったのか・・・?
平助を見つめて、改めて女性を見る。
立ち上がって一歩退いた時に全身を見ることが出来て、目を瞠る。
確かに、そこにれいが居た。
若い女子の髪型らしく、童顔のれいにはよく似合っていた。
華やかな明るい色の着物も、普段の地味な服装とは違い、魅力を最大限に生かしている。
眩しいとさえ思ったその格好に似合わない表情で、みんなを睨んで京言葉で捲くし立てる。
なにやら急ぎ伝えたいことがあったのだと、話の内容で理解するが、場所が良くなかった・・・。
屯所内で女子がうろつくのは好ましくない・・・。雪村のように男装をしたとしても、れいは男には見えないだろう・・・。
誰も助けに入る訳にはいかないこの状況で、れいは言い切ると駆け出した。
泣き出しそうな表情に、全員が気まずそうに俯いて沈黙する。
「・・・送ってきます。」
それだけ言うと、副長が引き止める。
「ちょっと待て!」
「しかし・・・。」
「情報は大体分かった。後は山崎に探らせる。その後で審議する。」
「は・・・?」
「だから、自分で来ないで飛脚に託せと言っておけ。」
「はい。」
「それから・・・・・・、投げて悪かった・・・。」
肩に手を置いて俺だけに聞こえるように呟いた副長に頷いて、提灯を持つと駆け出した。
しばらく駆けても見当たらず、れいの足が遅いことに気付いて、追い抜いたかもしれないと少し引き返して・・・、見つけた。
座り込んでいたのか、立ち上がり、少しふら付きながら歩き出すれいが顔を上げる。
提灯の灯りでは顔色までは分からない。けれど、泣きそうな顔で去っていった頬は、濡れては居なかった。
その代わりに、瞳の中に危うい光を見た気がした・・・。
いつもの元気さや、無謀な時でも持っている勢いがそこには無く、ただ静かに微笑んでいるだけのれいに、喉が鳴る・・・。
若く華やかな容姿をしている今日の方が、本来の年齢に近い妖艶な色香が漂っているような気がして、自然と緊張する。
必要なことしか言ってこないれいにも戸惑う・・・。
そして、気にかけていたことを思わず聞いてしまう・・・。
副長の頬に口付けていた・・・あれは・・・、そう言う事なのだろうと・・・。
「副長が、良かったか・・・?」
何故だか、れいの事は自分が請け負おうと思ったのだが・・・、それは命令でも何でもなく、前回頼まれたときに居たのが偶然自分だったからだと思い至る。
「は・・・はい?」
振り向いて驚くれいの表情が、普段に近くなる。しかし、その後の会話で、再び怪しい光を漂わせて、首に絡み付いてくる。
これが、本当にあのれいなのか・・・と、振り払うことも忘れて呆然と受け入れる。
首筋に吹きかけられた息、耳を擽る言葉・・・。
副長とは何でもないと再び告げられて、また心が騒ぐ。
これは、きっとこんなことをされているからだろう・・・。
れいに見つめられて、吸い込まれそうになる・・・。
大きな瞳に宿る色香が、一体何から出来ているのか・・・、考えていたら、唇にふっくらとした感触が押し当てられた。
胸に当てられた手と、近づいたために触れてしまったのであろう柔らかな胸の感触・・・、そして、唇に感じる熱・・・・・・。
何が起こっているのかを理解して、慌ててれいを引き剥がす。
「れい!?」
唇の甘く痺れる余韻に、思わず手で覆うと、れいが上目遣いで見上げてきて、甘く可愛らしい宣言をする。
「ついてきたら、もっと酷い事するから。」
走り去るれいに思考が飛ぶ・・・。
酷い事とは、一体・・・?自分は今、酷い事とやらをされたのだろうか、そして、追いかけると更に酷い事を・・・・・・?
れいの行動を思い返し、酷い事とやらが口付けを表しているのだと思い至る。
彼女が一体、何を考えてこの様なことをして、何を考えてそのように口走ったのかが分からず、送るのも忘れてそのまま呆然と立ち尽くした。



「くそっ!」
林の中を木に隠れながら走る。
日陰になっているとは言え、昼間の光が身体に突き刺さり、寝ないで過ごした日数分身体に負担がかかる・・・。
白昼夢を見ているのだろうか・・・、昔のことが思い浮かんでくる。
これが走馬灯では無いと分かるのは、それが一瞬で起こるのではなく順を追って静かに流れていくからだ・・・。
隊士では無いが、同じ幕府軍の兵も林の中を逃れているらしく、合流した。
しかし、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うみんなと、再びはぐれる。
きっと、みんなも他人の動向になど構っていられないのだろう。
隊士たちが気がかりだが、みんな無事に本陣に帰りつくと信じるしかない・・・。
懐の中にあるれいの髪と、「おかえりなさい」という書置き、そして一緒に捕った桜の花弁を押さえる。
再び、その愛らしい唇で、柔らかい声で、泣きそうな儚い笑顔で、言葉にしてもらうために・・・・・・。






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