気付けば、一人で走っていた。
隊士たちとはぐれたらしい。
この状況では、周りを気にして走る余裕など無かった。隊士たちが無事に切り抜けていれば良いが・・・、そう思う。
思いながら、ふいに聞こえてくる銃声に身を隠す。
追われている・・・。
本陣に帰り着く前にやられるわけにはいかない。
何とか踏みとどまって、本陣へ・・・・・・。




局長の命令で副長を迎えに、初めてれいの髪結い処に行った。
暖簾を潜り、息を呑んだ・・・。
山崎を待つと言っていたはずの副長が、れいの膝枕で寝ていたのだ。
玄人女相手にも、そのようなことをしている所を人には見せないような副長が、れいの前では無防備な様子を曝している・・・。
副長は、安寧の場所を得たのか・・・。
そう、喜ばしい事のはずなのに、何故だか心臓が速く動く。
見てはいけないところを見てしまった気分なのかもしれない・・・。
れいの声に起き上がる副長。
何事も無かったようにれいから離れると、山崎宛の任務を言伝られた。
そして、更に一つ・・・。
「あいつの膝枕での耳かきを、止めさせろ。男が調子づいて、あいつに何かあったら新選組にまで迷惑が及ぶ。」
「はっ・・・、それは一体・・・?」
「ここは遊廓じゃねぇ、ただの髪結い処だ。女にべたべた触れる状況は必要ないってことだ。」
「・・・・・・はい。」
ただ、副長が自分の女を他の男共に触らせたくないからそう言っているのかと思った。
だから、自分も近寄らずにその場で山崎を待つことにしたのだが、れいには分からなかったようで、近くに来いと言われた。
副長の愛妾の傍になど、近寄って良いものか・・・悩んでいると、れいが悲鳴を上げて倒れて畳に滑り込んだ・・・。
「だ、大丈夫か?」
足をバタつかせて顔を擦るれいの鼻は、赤くなっていた。
助け起こそうと近づいたが、触って良いのかまた悩む。
膝枕でさえ止めさせろと言った副長・・・、触ったら何を言われるか分かったものではない・・・。
しかし、足をバタつかせているせいで、れいの白いふくらはぎが露になっている・・・。
これは、触らなくてもマズイのでは無いか・・・?
「そのように足をバタバタさせるな・・・。」
そう言うのが精一杯だった。
れいは気付いて起き上がったが、意外なことを口にした。
自分はおばさんだと・・・、23歳だと・・・。
あまりにも見た目と年齢が違いすぎて、不躾に見すぎてしまったらしく、少し機嫌を損ねてしまった。
目が大きく垂れているだけで、若く見えるわけではない。
その雰囲気、そして背が小さめなことと・・・所作が幼く見せるのかもしれない・・・。
しかし、結婚をすれば良いのでは?と聞いたのは、更にマズかった・・・。
副長の愛妾になったわけではない、と聞いたときには何故だか安心したが・・・。
れいの人生を聞き、それを何でもないように話す様子を見て、また苦しくなった・・・。
思わず手を取り、力になると告げた時の帰ってきた笑顔に、更に力になりたいと思わせるだけの力があった。
山崎に言伝を済ませてから、屯所に帰り着き、総司に平助、左之と新八にどうやったら膝枕をしないで済むかを相談した。
何も思い浮かばなかったのだ。
そうしたら、全員が一度耳かきをされに行ってしまった。
総司だけはどうでも良いと思っているらしく行かなかったが・・・。
お前もしてもらってこい!と新八に言われて、してもらいに行き・・・・・・、これは早急に阻止しなければと焦りが沸いた。
頬と耳の下の柔らかな感触に、微かな息遣い、目を開ければ傍に迫る胸・・・、繊細な手つきで触れられて・・・・・・、確かに、副長の危惧は当たっていると思った。
「膝の枕が駄目ならさぁ、普通の枕はどうなんだ?」
平助の言葉に全員一致で頷いて、その足で枕を買いに行って、れいに贈った。
最初は面食らっていたが、何故だか不機嫌になられた。
「どうせ土方さんでしょう?」
と、発案者もすぐに悟られたが、れいはその日から枕を使うようにしてくれた。
心底安心したのは、なにも俺だけではないだろう。
その数日後に受けた相談に、再び俺の心はれいに捕らわれた・・・。
尋ね人だと知らされて八木低の一室に行くと、そこにはれいが居て、嬉しそうに駆け寄ってくる。
他に誰も居ないような状況でそのように駆け寄られて、嬉しくない男など居ないだろう・・・。
相談の内容にも驚いた。わざわざ自分で赴いて確認をした上で、最後、自分の手には負えないと判断して持ってきた話だ。
自分で解決できるなら、きっと自分で頑張ったのだろう・・・。
そうやって、今まで一人で頑張ってきたのかもしれない。
地主のことを考え、れいの無謀な偵察に心配をしていると、突然手を伸ばされて、思わず警戒してしまった。
その時の寂しそうな、捨てられた猫のような瞳に、思わずうろたえた。
元気な時は良い、何も気にしなくて良いと安心できる。
それなのに、この様に寂しそうな、不安そうな瞳を見せられると、一気に心をかき乱される・・・。
普段の笑顔からは想像も出来ないほどの影を背負っているかのようで、思わず支えたくなる危なっかしさを漂わせる。
そして、触るのを許可してしまい、更にうろたえる・・・。
生娘には無い大胆さで、懐まで飛び込んでくるれいに、思わず手が動きそうになる。
このように、人の髪を間近で触るなど・・・、俺ですら抱きとめたくなると言うのに、他の男ならば簡単に抱き締めて押し倒すだろう・・・。
普段から、そんなことをしているのか・・・?
そう思ったら、腹の底が沸々と沸いてきた・・・。
「お前は、誰の髪でもそうやって近くで触るのか?」
聞いてみたが、男の髪は仕事以外では触らないと言う。
ならば、何故髪を触ってくるのだろうか・・・。
男と見られていないと言う事か・・・?しかし、男だと分かっていると言う。
時折首筋を掠める指使いに翻弄されていると、れいは変な笑い声を上げる。
何かと胡乱に問いかければ、可愛い、楽しい、等とのたまう。
人が真剣に考えているのに・・・と、表情に出てしまったらしい。
れいは驚いたように飛び退くと、揺れる瞳と不安げな表情を必死に隠しながら部屋を飛び出ていった。
・・・・・・あんな表情をされてしまえば、こちらの不機嫌など吹き飛ぶというものだ・・・。
必死に平静さを保っていたが、保っているのだと、すぐに見て取れる。
自分があんな表情をさせてしまったのか・・・と思うと、長い溜息が出た。
れいには、何をどうすれば良いのかが全く分からなくなる・・・。






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