ふと、名前を呼ばれた気がした・・・。
「れい・・・?」
呟いて空を見上げる。
高い空に、死肉を目当てに鳥が沢山飛んでいる・・・。
「隊長、どうしました?」
後ろからついてくる隊士が気にして声をかけてくる。
「いや、何でもない。」
視線を前方に戻し、右に差している刀の柄に手をかける。
「いいか、生きてここを脱出する。陣まで無事に引き上げろ!」
短く告げると、刀を抜き放って天へと向ける。
疾風のごとく駆け出した斎藤さんの後を、隊士たちが追ってくるのを感じながら、目の前に立ち塞がってくる敵を次々と切り伏せていく。
返り血で湧いてくる吸血衝動を、必死に歯を食いしばって抑える。
時折、先ほどみたいに呼ばれている気がする・・・。
断末魔と砲声に紛れても聞こえてくるその声に、度々奮い立たされる。
離れていてなお、自分を激励してくれる存在に・・・・・・、生きて、会うと、刀に誓う。




一期一会の出会いのはずだった。
山崎の潜伏場所を借りるのに、競争相手が話をしたいと申し出てきた時、副長は目線を鋭く輝かせて、不適に笑ったものだ。
「直接交渉させてくれとは、京の奴もまんざらでもねぇ奴が居たもんだな!なら、こっちは倍の準備を整えて出陣だ。」
「副長、戦に赴くのではありません。」
「んなこたぁ分かってる!水差すんじゃねぇ。」
「・・・。」
嬉々として乗り込んだ物件で、交渉相手として現れたのが・・・、れいだった。
正直、面食らった。
副長も山崎も驚いていたようだった。
話し方からして、京の人間でもないらしい。
小柄な女性。平均よりも少し小さいだけなのだろうが、とても小さく頼りなく見えて・・・、多分、顔が小さいのだろう。
目尻は垂れていて、黒目が潤んでいる。唇はふっくらと薄紅色をしており、頬がぷっくりと・・・、直接交渉などと言いそうに無い雰囲気を持って現れたその女性は、副長の鋭い視線にも臆せずに毅然とした態度で挨拶をしてきた。
雰囲気と実際の差にも驚いた。
しかも、副長に向かって無謀にも突っかかっていき、挙句は無策であっさりと逃げ出した。
その去り際の顔色の悪さに、流石の副長も後味が悪かったらしく、しばらく周辺の捜索に当たったくらいだ。
自分の一言が止めを刺したのだと思うと、捜索を止めることなど出来なかった・・・。
普段ならば任務に私情を挟むなど言語道断・・・、しかし、何故かあの日は調子が狂ってしまった。
地味な着物に身を包んだれいが、とても華やかに颯爽と現れて、突風のように去ったような気がして、目の奥から離れなかった。
二度と再会出来ないだろう、と思っていたが、縁とは面白いものだ。
屯所に帰り着いたちょうどその時、局長が帰ってきたところだった。
しかも、女性の手を引いて・・・。
少し遠くを上の空で歩いていたが、副長の声で我に返った。
そして、呆然と立ち尽くした。
もう会えないと思っていた爽花が、そこに存在していたのだ。
相変わらず副長に突っかかっている。・・・・・・羨ま・・・、いや・・・。副長ならば、当然だ。
「おい!斎藤!」
再び副長に呼ばれて我に返る。
任務を遂行するため、れいに駆け寄った。
が、なんて懸命に走るのだろう、それなのに全然進んでいない・・・と、驚いたものだ。
人間、足を交互に出せば進む。そういう造りになっていると言うのに・・・。
いや、きっと小さいから歩幅が狭いのだろう。
そう思いながら、持ち上げた。
わたわたと暴れる様は、女性と言うよりも子供みたいで、微笑ましい・・・と思ったのも束の間、その柔らい肉厚に思考が再び飛ぶ。
これは・・・、む、胸か・・・?なにやら、平均よりも大きい予感が・・・。
このように無防備に背中にくっつけられては・・・。
足早に副長の前に連れて行くと、そっと降ろす。
副長の前できゃんきゃん喚く小さな花が、膨れ面で振り向いたときに、再びドキリと胸が止まった。
たった数刻だけで色々な顔を見せてくるれいの柔らかい声で、お願いをされた・・・、そのお願いにも驚く。
髪を触りたい・・・などと言われたことは無い。
まるで普通と違う、一風変わったれいの無防備な顔に、思わずつられて自分も笑顔になってしまった。
夜の宴の折りも、れいから目が離せなかった。
永倉と原田の卑猥な視線や言動をさらりとかわす様子に目を奪われていると、れいがこちらに移動してきた。
思わず酒が進んだ。
しかし、副長と話をしている。その状況は、中々に落ち着かず、更に酒が進んで、色々と口が滑ったような気がする・・・。
お湯を貰ってくると言い置いて部屋を出たれいの帰りが遅いと副長が口にした時、腰を浮かせかけた副長を制して先に部屋を出たのは、ただ副長を動かさせない為だと思っていたが・・・、それだけではなかったのかもしれない。
中庭を眺めて佇んでいる小柄な人影に近寄る。その背中が何故だか寂しそうで、抱き締めたいと思う輩が大勢いるだろうと、そう思った。
声をかけると、考えに反して笑顔で振り向くれい。
自分のやましい考えに少しだけうろたえて、その後の涙に更にうろたえた。
思わず頬の涙を拭ってしまい、その温かさとされるが儘の無防備さに何故か心臓がギュウッと苦しくなった。
自分の体調が思わしくないのか、酒を飲みすぎたのか、ふと、そう思ったものだ。
その後に持ち上がる山崎の潜伏場所をれいの髪結い処にするという話には、即座に賛成した。
新選組の傍で、見守った方が良いと何故だかそう思ったのだ。

思えば、あの時には既に目を放せない何かがあったのかもしれない・・・。






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