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それから更に二日たって、暖簾の無いまま営業をしていた髪結い処。 お客さんは、暖簾が有ろうが無かろうが入ってきてくれるし、何も問題が無かった。 新選組の巡察はここらを回ってくれるし、みんなが安心できるようになっていた。 が・・・。 昼過ぎに、それは起こった。 ちょうどお会計を済ませてお客さんを見送りに外へ出たとき、数人の体格の良い男たちが店に向かって歩いてきていた。 それを視界の隅に捉えて、お客さんを早々に見送ると、れいは店の扉を閉めて、鍵をかけようとして・・・、間に合わずに乱暴に扉を開けられて少しだけ指を打ち付けられた。 「ったぁ・・・。」 手を振って痛みを飛ばそうとするが、痺れるように走る痛みはそんなことでは引かない。 大股で店内に入り込んでくる男たちを見て、表情を険しくする。 「お客さん、すいませんが、今は営業していないんですよね。」 「なら、さっきの男は何じゃ?」 「先ほどの方なら、ちょっと話に来ただけの人ですよ。」 「ほぅ・・・。」 腰に長物ぶら提げて、ドカリと畳みに座り込む男、人相が悪く、髭を蓄えた顔は角ばっていて大きく、眉毛が太い。 どうも、京の人間ではなさそうだ。言葉遣いも違う。訛りを隠そうともしない。 後から続いてくる数人も、同じような顔の形に眉毛の濃さ、そして下卑た笑いが気持ち悪い。 「お前さん、うちの坊ちゃんに借金2000両あるそうじゃな。」 「どこぞの坊ちゃんに2000両の借金をした覚えはありませんが?難癖つけてきて、勝手に2000両払え!と脅してきた男なら、数日前に居ましたけどね。」 「ほうほう。どうも、記憶が間違っちょるようじゃね。」 「私は間違ってなんかいません。そちらの坊ちゃんの記憶がおかしいんじゃないですか?」 「女、あんまり生意気言うちょると、痛い目に合うっちゅうのが分からんようじゃね。」 狭い店内に大柄な男が数人入り込んで、逃げる場所なんか無い。 れいは唇を噛み締めて、店の金庫からなけなしの売上金を持ってくると、男に差し出した。 「今は、これしか無いんです。これで勘弁してくれませんか?」 「こげなジャラ銭、何の役に立つと思うちょるんじゃ?」 「本当に、それしか無いんです!」 「なら、身体で払えば良いが。」 「は?身体!?」 この中では一番格が上らしい男が、他の男たちに目で合図する。 まずい・・・。 そう思って奥へ逃げ込もうとした時には、首筋に手刀を入れられて、れいは気を失った。
首の後ろが痛い・・・。 それと、手首と肩と頭と・・・・・・。 痛みで朦朧とした頭を覚醒させて、ようやっと目を開けてみると、見たことの無い豪華な天井が広がっていた。 何だろう・・・? そう思って辺りを見回すと、畳の部屋にあまり目にしたことの無い足の長い机、脚の長い椅子が置かれている。 洋風の家具なのだろうか・・・。 純和風な部屋に洋風な家具・・・。 なんだか、滑稽だと思った。 自分がどうしてこんな場所に居るのか、やっと思い出して慌てて起き上がろうとするが、手が動かせない。 背中で一つに縛られているようで、これのせいで肩と手首が痛かったのか・・・と納得する。 うん。意外と冷静だ。 大丈夫だ。 そう言い聞かせて、足に力を込める。 足は拘束されていないらしく、自由に動かせる。 肩の力で器用に起き上がると、そのまま立ち上がって扉にこっそりと近づく。 部屋には誰も居ない。 外は分からないが・・・、おそらくここは地主の家の中だ。 こんな豪華な家、なかなか無い。 本拠地に連れてくるような頭の弱い連中で良かったと思った。 ここには妹が居るはずで、その妹に会えれば逃げ出せるはずだ。 れいは足音を立てないようにこっそりと扉まで近づき、中から外の様子を窺い見た。 しかし、少し離れた場所に男たちが数人座り込んで話しているのを見つけて、すぐに身を引く。 こっちからは出られない。ならば、他の場所を探さなくては。 『身体で払え』という言葉が脳裏に浮かぶ。 あれは、一体どういう意味だったのだろうか? そのまま、卑猥な意味に取れなくも無い。しかし、人身売買が闇で行われていることも知っている。 自分なんかが2000両で売れるとは思わないが、そもそも2000両はただの言いがかりで、少しでも金になればいいのかもしれない。 陵辱されるだけなら、正直まだマシだと思える。 命があるだけマシだ。 人身売買は、その後の想像が出来ないだけに、怖さが募る。 いいや、陵辱だって嫌だ。気持ちが悪い。好きでもない男にそんなことはされたくない。それが嫌で、京に逃げてきたのに、ここに来て同じ状況に陥っている・・・。 皮肉なことだ・・・。 背中で縛られている縄を何とか外そうと動かしながら、部屋の中を物色する。 出入りできるのは、やはり先ほどの扉しかないようだ。 屋根裏に逃げようか・・・。床下に逃げようか・・・。 自分が逃げられるとしたら床下だが、床板を外せるかどうかが問題だ。 屋根裏は、足の長い机の上に椅子を乗せれば届くかもしれないが・・・。 どちらにしても、この縄がほどけなければ話にならない。 ふと、足音が部屋に近寄ってくるのが聞こえて、慌ててもとの場所に寝転がると、目を閉じる。 話し声も段々と聞こえてくる。 「だから、そんなこと言ってねぇが。」 「ほな、そちらはんで用意してくれはるんどすか?」 「めいっぱい高く見積もってくれる言うちょる場所があるがよ。」 「何にしても、夜になるまで待っておくれやす。こんな昼間っから人抱えて家入って来られたら、困るんどす。」 「そう言うなって。早く大金手にして去って貰いたい思うちょるがは、そっちじゃきに。」 話し声と足音が、れいの前でピタリと止まる。 れいは息を詰めて気を失っている振りをする。 「まずは、俺らで味見させて貰おうかの。」 「そんなことしはって、値段下がるんと違いますか?」 「変わらん変わらん。先に手練手管教え込んだほうが、高く売れるかもしれんが。」 「しかし・・・。」 ガッと、髪の毛を掴まれて少し持ち上げられる。 あまりの痛みに、うめき声が漏れる。 「まぁだ気ぃ失っちょるがよ。」 「気ぃつくまで、待ったらどうどす」 「俺は別に、このままでも構わんが。」 手を離されて、そのまま頭を打ち付ける。 「ぅぅ・・・。」 閉じている瞼の裏が白くチカチカとして、すぅっと意識が遠のいていく。 このまま、また気を失ってしまったほうが楽だ・・・。 脳の揺れのまま、れいは再び意識を手放した。
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