更に日が流れ、新選組は何度も敗走しながらも出陣を繰り返し、兵力を疲弊させていった。 れいは、臨月を迎えて、いつ生まれてもおかしくないという時期に入り、中々城下まで出かけさせてもらえなくなり、塞ぎ込むことが増えてきた。 それでも、お婆ちゃんや家族と一緒に居る時は笑顔で過ごす。 家族に心配をかけたくなくて、自分も大丈夫だと思いたくて・・・。 「そっだらとこにおったのか。」 頭上から声がして振り仰ぐと、三太が見下ろしてきていた。 畑の畦道の先にある大きな木の下で、駆けっこをして遊ぶ子供たちを見ながら座り込んでいた。 お婆ちゃんは、今日は長男夫婦と一緒に遠くの畑に行っていて、誰も居ないと思ったのだけれど・・・。 「なして泣いてんだ?」 「何でもない。」 慌てて頬を拭ったが、一番見られたくない人に見られた・・・。 子供たちが中々こっちに戻ってこないことで、気が緩んでしまったかもしれない。 斎藤さんの、新選組の安否を考えると、どうしても不安で胸が締まるのだ。 「何でもねぐねぇ。」 前にしゃがみ込んで顔を覗き込まれる。 「おめに心配かげるような奴、やめでおげ。」 「何でよ?」 また、三太はすぐにそこに話を持っていきたがる。 「大体、はじめって奴ぁお武家さんなんだろ?おめが嫁入り出来るような奴じゃねって。」 「そこは、お互い了承済みなの。」 「んだども、周りが黙ってねぞ?」 「周りは関係ない。」 「そうはいがねって!」 「武士じゃなくなっても、良いって言ってくれたもの。」 「んだら、どうやっておめを食わせてくんだ?」 「私が食わせるの。」 「はぁ!!?」 三太がれいの肩に手を置いて揺らす。 「おめ、何言ってんだ!?そっだら男、すんぐやめで、おらと結婚せぇ!」 「はぁ?何でよ!」 「男が働いて女食わすんは当たり前だ!そんな事もしねぇ男の何が良いんだ!?」 「働かないなんて言ってないよ!自分が食わせるから安心しろって言ってくれてる!でも、それが出来ない状況になったら私が働いて食べさせるくらいの覚悟があるの!それくらいはじめさんが好きなの!!」 「おらだって、おめが好きだ!初めて見た時から、大好きだ!」 「はぁ!!?」 顔中を真っ赤にして、必死で言い募ってくる三太を見上げて、れいはまずい・・・と思った。 三太は肉体労働で鍛え上げた筋肉がある。 その太い両腕に掴まれて、身動きが取れないのに・・・、彼の顔がどんどん近寄ってくる・・・。 「やだ!放して!」 腕を突っぱねても、顎を思い切り押し上げても、三太は顔を近づけてくるのをやめない・・・。 無理やり押し付けられたカサつく唇・・・。 その感触に、気持ちが冷えていく・・・。 ギリッと唇を噛むと、三太が慌てて唇を離す。 「ってぇ・・・。」 赤く血の滲んだ唇を舐めて、れいの頭にそっと手を乗せる。 「悪がった・・・。だがら、泣ぐな・・・。」 「三太は、家族として好きだけど、夫としては見れない・・・。はじめさんしか要らない・・・・・・。」 「んだがら、はじめが来ながったら、おらが一生面倒みる。」 「来るもん・・・。」 「んだら、来るまで・・・。」 「・・・・・・嫌だ・・・。」 「強情な姉さんだな・・・。」 「・・・強情な弟だな!」 頭の上に乗せられた手を乱暴に退けて立ち上がると、子供たちのほうへと歩き出したれいを、三太が引っ張る。 「うわ!」 足がもつれて、地面に強く膝をついてしまった。 「いったぁ・・・・・・。」 「わ、悪い!!」 三太が近寄ってきてれいを助け起こそうとするが、れいの顔が青ざめていることに気付く。 「れい・・・?」 「・・・・・・。」 こけた拍子に力が入ってしまったのだろうか・・・、お腹が、腰が、痛み出す・・・。 「れい!?」 「お腹が・・・・・・。」 お腹を押さえて呻きだすれいを、三太が抱き上げる。 「ば、婆ちゃん!婆ちゃん呼んで、いや、お、おい!お前ら!」 遠くで駆け回っている子供たちに大きな声で叫ぶ。 「婆ちゃんと母ちゃん呼んで来てけれ!れいが!」 三人は頷くと、一緒になって走り出した。 「ま、待っでろ!今婆ちゃん来るがんな!」 れいを抱き上げたまま走り出して、母屋へと連れて行ってくれる。 畳みに寝かすと、どうして良いのか分からずにおろおろと行ったり来たりを繰り返し、時折お腹を触って何かを確かめているようなそぶりを見せる。 まるで、出産を待つ父親のようだ・・・と、痛むお腹を抱えながら考える。 これが斎藤さんだったら、きっともっと幸せなのに・・・。 「お、おら、隣のばっちゃんも呼んで来るがら!おめ、ちょっとだけ一人で待っててけれ!」 そう言うなり、縁側に出て裸足で駆け出していった。 数分もすると、バタバタと数名分の足音が聞こえてきて、家の中が賑やかになる。 「た、助けでくろ!おらの子が!」 「三太の子じゃ無い!!」 「んだ、おめ、こっだら時ぐれ、否定せんでも・・・。」 「三太、おめぇ出てけ!こっからは女の仕事だぁ!」 隣のおばちゃんの声がする。 出産の時は、隣近所みんなで手伝うからねと、顔を見せに来てくれて以来親しくさせてもらっている。 「おばちゃん・・・。」 笑顔を見せてくれるおばちゃんにホッとして、気が遠くなりそうになった。 「こぉれ!母になるんだしっがりしろ!!」 バシッと頭を叩かれて、意識が戻ってくる。 「痛い・・・。」 「こんぐれの痛み、何でもねぇ。こっからが本番だ!」 布団を敷いてくれている隣の若奥さんは、背中に赤子を背負っている。 少し前の経験者も居ると、本当に安心する。 「れい!大丈夫けぇ!?」 お婆ちゃんと、お母さんに一太の奥さんが駆けつけてくれる。 みんなの顔を見て、心強くて涙が出そうになる。 ここで自分が頑張らなければ、斎藤さんも頑張ることが出来ない・・・。 ふと、そんな風に思って、力が湧いてきた。 母は強し。
その後、何刻もかけてれいは無事に珠のような子を出産する。
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