れいが会津の渡部家に着いてから、のんびりと時間が過ぎて行った。
子守りも、みんな大して手がかかる年齢でもなく、子供達の方がれいを気遣ってくれる始末だ。
毎日の広い家の掃除に、食事の支度。
朝と昼は一緒に母屋で食べて、夜は運んで別々に食べている。
れいはお婆ちゃんと
水入らず…をしたいのに、何故だが三太がよく顔を出す。
前からお婆ちゃんと食事を共にしていたらしいが、ここ最近はほぼ毎日だ。
「また、今日もこっちですか…。」
わざわざ母屋に用意した食事を持って現れる。
「おめも、こっちさ用意しでぐれればええのに。」
「…。」
向こうで食べて欲しいから向こうに用意してるのに…。
箸を加えて睨め付ける。
「婆ちゃん!茶!」
三太が湯飲みをお婆ちゃんに差し出すのを奪って、ただのお湯を注いで突き渡す。
「おら、茶って…。」
口を尖らせるが、れいに睨まれてすごすごとお湯を飲む。
悪い人では無いと思うのだけれど…、無神経だと思う。
「三太、おめもれいのケツさ追っかげてばがりいねで、嫁探してこ!」
お婆ちゃんが呆れて諭すが、三太は全く聞いていない。
「れいが居るでねが。嫁と子供いっぺんに出来て、婆ちゃん幸せだろ。」
こんな調子で言うばかりで、迷惑極まりない。
「嫌です。私にははじめさんが居ますから。」
「んだども、そのはじめっつぅ奴、今頃死んでっかもしんねぞ?」
「縁起でもない事言わないでよ!!」
「三太!それは言い過ぎだ!」
「うぉ!おっがね!」
首を竦めてお茶碗のご飯口にかき込む三太を睨んで、ふいに不安になる。
れいが着いた頃に白河へと出陣した新選組と幕府軍は、とうとう白河を奪られ、奪還出来ずに居ると聞く…。
戦況は思わしくない。
城下は不穏な空気が漂っている。
たまに買い物に城下に出掛ける。その度に新しい情報を仕入れるが、そのどれもが戦果が思わしくないと告げてくる。
斎藤さんは、あの薬の力を使っているのだろうか…。
寿命が縮むと言うのは、本当なのだろうか…。
静かになってしまったれいを心配して、お婆ちゃんが頭を撫でてくる。
「おめ、三太の言う事気にしでたらいげねぞぉ。」
「三太の事は気にしてない。」
「んだよ、冷でぇなぁ。」
「でも、はじめさんの事は心配…。」
俯いてしまうれいの背中を叩いて、三太がわざとらしく大きな声を出す。
「おめがここで心配しだって、戦況は変わんねぞぉ!いっぺ食って、元気な子産んで、おらの嫁さなるのが一番だ!」
「三太の嫁にはならん!!」
痛む背中を撫でながられいが即座に反論する。
「近場で済ませようとしないで、きちんと探して来なさい!一太さんにもお父さんお母さんにも心配かけてるのは、あなたでしょ!」
「んだがら!おめにするって言ってんべ!」
「夫も子もいるのに、どうやって嫁にするのさ!いい加減真面目になさい。」
「その夫がいねがら、言ってんだっ!」
「迎えに来るまでここで待っているの!居ないんじゃないもん!」
「んだども、いづまで待ってるんだ?戦終わっちまっでも帰ってこねがったら、どうすんだ?」
三太が箸でれいの顔を差す。
それを手で下ろさせて、再び睨みつける。
「んなに睨むなよ・・・、おっがねぇなぁ・・・。」
三太が視線をそらして俯く。
お婆ちゃんは、二人のこのやり取りに聞き飽きているらしく、あくびをしてからお茶を口に含んだ。
「一生、待ってるの。」
「一生、待ってらんねぞ?」
「何でよ。」
「婆ちゃんおっ死んじまっだら、ここさ居られねぐなっちまう。」
「まだ元気だで、心配すんな。」
「だども、婆ちゃんいつまでも元気でいらんねぞ。」
「おめは、婆ちゃん殺してぇのが?」
お婆ちゃんに言われて、少しだけうろたえた三太だったが、口を尖らせてぼそぼそと続ける。
「婆ちゃん死んだら、この離れは父ちゃん母ちゃんが使うんだと。母屋は兄ちゃんたちが使うって。んだがら、おめの居場所、ねぐなっちまう。」
「・・・・・・。三太の居場所も無いじゃない。」
「んだがら!おらとれいがあっこの畑の隅に新しく家さおっ建てて、一緒に住めば!」
「お断りです。それに、きっとその前にははじめさんが来てくれます!」
「こねがったら、どうすんだ!」
「待ってるの!!」
結局、堂々巡りでいつも結論なんか出ない。
何でそんなに自分と結婚したがるのかが分からない・・・。
三太と睨み合いながら、れいは採れたて野菜の盛り合わせを口に放り込んだ。
「おら、諦めねど!」
三太が、言うなり味噌汁を飲み干して部屋を出て行った。
お婆ちゃんが溜息をついてその後を目線で追う。
「お婆ちゃん、ごめんなさい・・・。」
れいが思わず謝ると、お婆ちゃんが声を出して笑い出す。
「なんも!謝るごとねって!三太も強情で困ってだげど、おめも強情だな。」
「はぁ・・・、やっぱり血筋なのかな?」
「かもしんね。よぉぐ似でる。」
似てると言われて複雑な気分になる。
しかも、強情なところが似ているだなんて、あまり良くないような気がするが・・・。
「おめ、なんも心配しねでええ。婆ちゃんが長生きすっかんな。」
「お婆ちゃん・・・・・・。」
優しく言われて、微笑み返す。
「大丈夫。すぐに迎えに来るって。」
「なんだ、おめまで婆ちゃんをすぐに殺そうってが?」
「違うって。迎えに来てからも、長生きしてね。」
「当たりめぇだぁ。おめの子がおっぎくなるまで、おら死なねんだ。」
「本当?それは心強いな!」
「おめ、本当に姉さんそっぐりだ。おらまで若ぐなった気になる。」
「若くなった気になっても、身体は年なんだから、無理しないでね。」
「分がってるってぇ。おめも、口の減らねぇガキだなぁ。」
頭を小突かれて、二人で笑い出す。






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