斎藤さんは、宿場を出て街道を突き進んだ。 時折、胸の中の固い感触を確かめる。 そこに入れられた、小瓶の硬さを、中身の重さを・・・。 「組長、斎藤組長・・・。」 前を歩く隊士が振り向いて声をかけてくる。 それに反応をして顔を向けると、隊士が近寄ってくる。 進む早さは変えず、隣に並走する。 れいをずっと睨みつけていた年配の隊士だ。 「彼女は一体・・・。」 斎藤さんとれいの始終を見せられ、隊士たちは戸惑っていた。 れいの機転で宿に泊まり、疲れを癒すことが出来たが、その時の発言も気になる。 お腹の子が・・・とか何とか・・・。 妊婦を組長の一夜の相手に宛がったとなると、切腹ものだ・・・。 「妻だ。」 斎藤さんが、一言で答える。 「はっ・・・、つ、妻!?」 「出産のため、会津に来ている途中だった。」 「しゅ、出産・・・ですか・・・。」 表情もそのままに呟くように答える斎藤さんに戸惑いが更に増える。 他の隊士たちにもざわめきが広がる。 「組長、結婚されていたんですか!?」 「いや。」 「え、でも、今妻って言いましたよね・・・?」 若い隊士が近寄ってきて斎藤さんに並走する。 「ああ。」 「では・・・?」 「戦が終わったら、迎えに行く。それまで、待ってもらっている。」 「そ、そうだったんですね!うわぁ、羨ましいです!あんな可愛らしい人を奥さんに出来るなんて、さすが組長です!!」 「む・・・?」 「若い奥さん、良いですね〜。」 「・・・・・・れいは年上だ・・・。」 「え!と、年上!!?」 年配の隊士と若い隊士が同時に驚く。 斎藤さんは二人をチラと見ると、進む速度を速めた。 「それだけ喋る余裕があるなら、もっと早く進めるだろう。」 歩くではなく、既に走るほどの速度だったのに、斎藤さんは更に速める。 みんなはただ無言で後をついて行くので精一杯にになってしまった。 一つ宿場を抜け、会津まで後少しと言うところで、斎藤さんは急に立ち止まり、全員に伏せるように指示をする。 全員が伏せたと同時に、発砲音と共に頭上高く、弾丸が通過する。 「散れ!身を隠せ!」 腕を一振りして指示を出すと、自分も適当な木を見つけて後ろに隠れる。 日は落ちかけている。 夕焼けの真っ赤な空に、時折星が瞬く。 すぐにでも、辺りが真っ暗になり夜が来てしまう・・・。 斎藤さんは弾丸が飛んできた方を探るために、地面に這いながら進んだ。 隊士たちは、隠れながら鉄砲の準備をしているはずだ。 少し進むと、前方に木の板で壁を作った鉄砲隊がこちらを狙い澄ましているのが見えた。 板があると、鉄砲はどうしても届かない・・・。 斬り込むしか無い・・・。 瞬時に判断すると、即座に地面を蹴り、躍り出ようとする身体を少しだけ押し留める。 れいの言葉を思い出す。 無茶をしすぎる、これじゃ本戦前に力尽きちゃう・・・。 確かに、突っ込むだけでは戦線を覆せない。 相手は既に臨戦態勢に入っている。待ち伏せだ。どうしてもこちらが不利になる。 闇雲に討ち入ったとしても負ける確立の方が高い。 しかし、ここで隊士を死なせるわけにもいかない、自分が死ぬわけにも勿論いかない・・・。 斎藤さんは、そのまま這ったまま近づき続けた。 しかし、あまり進めずに見つかってしまい、自分のすぐ近くに着弾する。 「っく・・・!」 自分を狙っている・・・。 しかし、あまり命中率は良くないらしい。 ならばやはり・・・!! 斎藤さんは地を蹴って飛び上がり、その勢いのまま走り寄ると、木の板を蹴りつけて反対側へと回り込む。 「進め!!」 号令を下し、自分はそのまま鉄砲隊を斬り捨てていく。 まるで一陣の風が人を切り裂いていくかのように、その動きは素早く華麗だった。 板の後ろに隠れていた鉄砲隊が次々に切り伏せられていく中、どこからか更に銃弾が飛んできた。 「なに!?」 弾が飛んできた方を見上げると、数本の木の上に人が座っている。 「上だ!上を狙え!」 木の上では逃げ場が無い。まるで捨て身の作戦だ。 しかし、葉っぱに守られて、こちらの弾は届きにくいのに対して、相手からはこちらの動きは丸見えだ。 「うわあぁぁぁ!!」 悲鳴を上げて、隊士の一人が崩折れる・・・。 「しっかりしろ!」 肩を担ぎ上げて木陰に移動させる。 その無防備になった背中に、銃弾が突き抜けていく・・・。 「っく・・・」 「く・・・くみ・・・ちょ・・・」 「何でもない。かすり傷だ・・・。」 歯を食いしばりながら隊士を木陰に潜ませると、そのまま引き返していく。 背中から突き抜けた弾痕から、血が流れていくのが滑る感触で分かる・・・。 木の板まで引き返すと、板を持ち上げて身を隠し、切り殺した相手の腰から刀を抜き放ち、木の上の射手目掛けて投げつける。 逃げ場の無い射手が、刀に突き刺されて落ちていくのを確認する間もなく、次の射手に狙いを定めて投げつける。 時折、木の板を突き抜けて銃弾が身体にめり込んでいく・・・。 「っく・・・・・・。」 喉の奥から咳がせり上がってきて、ゴボリと赤い鮮血を撒き散らす。 それでも休まず、最後の一人まで確実に一投げで仕留めると、木の板を置いてその陰に身を隠すように膝を着く。 こんな所で・・・、力尽きるわけにはいかない・・・。 まだ、本戦も始まっていない・・・、隊士を死なせるわけにもいかない・・・・・・、何よりも、迎えに行くと約束をした、先に死なないと約束をした・・・。 斎藤さんは、懐の固さを確かめると、手を入れて取り出す。 小さな小瓶、れいから取り上げて、そのまま自分が持っていた、赤い液体・・・。 新選組のため、会津のため、幕府のため、れいのため・・・、何より、己が武士として、まだ死ぬわけにはいかない、死に場所を間違えてはいけない!!! 斎藤さんは、その小瓶を一息に飲み干して、その場に投げ捨てた・・・・・・。
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