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れいと斎藤さんは、しばらく後に食事が出来たと呼ばれて、階下へと降りていった。 違う部屋の隊士たちは既に揃っているらしく、少し急いで歩こうとすると、それだけで斎藤さんが抱きとめて首を振る。 「はじめさん?」 「あまり走るな。」 「走ってないですよ、早歩きです。」 「ゆっくりで良い。」 そう言う斎藤さんの顔は真剣そのもので、過保護にも程があると、少しだけ呆れてしまう。 「分かりました。」 渋々頷くと、斎藤さんがやっと解放してくれる。 「本当に、はじめさんは心配性ですね。」 「大事な身体に何かあってからでは遅い・・・。」 「はいはい、そうですね。」 そっと息を吐き出して、斎藤さんの背中をポンと叩く。 ゆっくりと歩きながら言われた部屋へと向かっていると、騒がしいほど賑やかな部屋の前に差し掛かる。 斎藤さんが通り過ぎた後に、れいの耳に信じがたい言葉が飛び込んできて、思わず襖を開け放ってしまう。 「な、何だお前!?」 部屋の中で食事をしている新政府軍の人たちが、中腰になって警戒するが、相手が女だと知ると呆気に取られた表情に変わる。 「それ、本当ですか・・・・・・!?」 部屋に上がりこんで正座をするれいに、男たちが戸惑いながら、お互いの顔を見合わせる。 「新選組局長が、処刑されたって・・・・・・。」 れいの奇行に気付いて折り返してきた斎藤さんが、襖の陰でピタリと立ち止まる。 「ああ、本当だよ。何考えてんだか知らねぇが、切腹したいなんて抜かしやがってよ!武士でもねぇ癖に生意気言うから、首ちょん切ってやったって話だぜ!」 「ざまぁ無いな。」 「散々好き放題やってたんだ、当たり前だよな。」 「ああ、俺たちの仲間を散々殺しやがったんだ。切腹なんかさせてたまるかよ!」 男たちが口々に近藤さんを罵ると、酒を満たした杯を上げて乾杯をしだした。 「どうだ、姉ちゃんも一緒に?」 二の句が告げないで居るれいに、徳利を向けて来た男から、斎藤さんが陰から出てれいを守るように立ち塞がる。 「何をしている、俺たちの部屋はここではない。」 「あ、ごめんなさい・・・。」 斎藤さんの瞳を見つめると、翳りを帯びている。 自分よりも、斎藤さんの方が辛いんだ・・・。 そう思うと、抱き締めないでは居られなかった。 斎藤さんに抱きついて、ギュウッと力を込める。 「俺の妻が失礼をした。」 斎藤さんが抱き返してくれながら、男たちに向かって謝り、襖を閉じようとする。 と、一人が立ち上がって、斎藤さんをジロジロと見始めた。 「お前、見覚えがある・・・。確か、新選組の斎藤・・・とか言ったか・・・?」 「はて・・・。俺は山口二郎と言う。人違いだ。」 シレッとした調子で言うと、そのまま襖を閉める。 中の男たちにざわめきが広がるが、その内に談笑へと変わっていく。 れいは斎藤さんから離れると、斎藤さんの頬を両手で挟んで、目の下を親指で拭ってあげた。 「?」 乾いている頬を拭われて、斎藤さんの瞳がどうかしたかと問いかけてくる。 「こんな時でも、男は泣けないから・・・。だから、泣いているはじめさんの涙を拭ったつもり。」 「れい・・・。」 「近藤さんが居なくなっても、この先新選組が無くなったとしても・・・、はじめさんの、生きる意味・・・は、ちゃんと、あるから・・・・・・。」 たどたどしく紡がれる言葉に、斎藤さんは小さく頷くと、れいの背中を抱いてその場を後にした。 食事中に、隊士たちに知らせることをせずに、その日は早々にみんな就寝した。 そして翌朝、れいは早くに起きて斎藤さんの着替えを手伝うと、裏口へと見送りに出た。 「会津まで一緒に行けなくてすまない・・・。」 そうボソリと謝る斎藤さんに首を振って、そっと斎藤さんの胸に手をあてる。 「私こそごめんなさい。心配ばかりかけちゃって・・・。大丈夫、無事に会津に着いて、立派な子を産んでみせますから。」 張りは落ち着いたけれど、もう一日休んで行けと仲居さんに言われて、れいは斎藤さんとここで別れることとなった。それじゃなくても、もうこれ以上の邪魔は出来ないと思っていたところだ。 これから、本当の戦いが始まると言うのに・・・、傍で見守れない自分が歯がゆい・・・。 自然と、斎藤さんの胸に当てる手に力が篭る。 「ん・・・?」 斎藤さんの胸に硬い感触がして、手が探る。 「何でもない。」 斎藤さんがれいの手を握って懐から放させる。 「ご無事で・・・、帰ってきてくれますね・・・?」 「・・・ああ。」 斎藤さんがれいの手を握り締めて答えてくれる。 「今まで俺たちを取り立ててくれた会津のため、そしてお前が平和に暮らせるよう、全力を尽くす。」 「はじめさんも、土方さんに、千鶴ちゃん、新選組のみんなも、平和に暮らせるように・・・ですよね。」 「無論だ。」 「生きるために・・・。」 「ああ。」 斎藤さんを見上げる瞳が揺らぐ。 こうして、何度覚悟の別れをしても心が締め付けられる。 けれど、気丈に微笑む。 「なら、安心しました。はじめさんの心の強さを信じています。」 「ああ。武士として、微衷を尽くすのみ・・・だ。」 「はい。」 斎藤さんの手を包み込んで、額を着ける。 れいの髪がサラリと流れて、斎藤さんの手を擽る。 「毎日、無事をお祈りしています。」 「ああ。」 斎藤さんが、れいの頬に手を当てて上向かせる。その手に頬を擦り付けて微笑み続ける。 斎藤さんが、そっと口付けをして手を放す。 「必ず、迎えに行くから。そんなに不安そうな顔をするな。」 「・・・はい。」 斎藤さんが背を向ける。 その、ピンと伸ばした背筋、迷いの無い足取りに、心が打ち震える。 武士として生きる斎藤さんの覚悟が、立ち居振る舞いに篭っている気がして、目が離せなくなる。 「ご無事で!」 両手を合わせて、みんなを見送る。 見えなくなっても、その場に立ち尽くした。
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