少しだけ待つと、襖が小さく叩かれて、外から声をかけられた。
「失礼する。」
すっと開けられた襖の向こうに斎藤さんの顔があって、れいはもう一度肩の力が抜けるのを感じた。
八木邸に来て安心したつもりだったが、それでもまだ張り詰めているものがあったらしい。
「斎藤さ〜ん!!」
れいは立ち上がって、斎藤さんの手を掴むと中に招き入れた。
斎藤さんは少々面食らった様子でれいを見ている。
「れいか・・・、どうした?」
「少し、厄介ごと。」
「外に居た変な連中と関係があるのか?」
目に力が篭る。
「まだ、居たんだ・・・。しつこいなぁ・・・。」
斎藤さんを小さな卓を挟んで向かいに座らせて、お茶を出す。
「追い払っておいたが・・・。あまり、碌な連中とは思えない。」
「追い払ってくれたの?ありがとう!これで安心して帰れます。」
「何があった、話してみろ。」
「実は・・・・・・。」
れいは、事のあらましを一通り話して聞かせた。話しているうちに、斎藤さんの表情がどんどんと渋くなる。
「そんな事が・・・。」
「少しだけ、市中警護の時にうちの辺りに気をつけてくれませんか?うちの他にも無茶を言われている所、あると思うんです。」
「れいは、店はどうしている。」
「暖簾は無いけど、別に営業できないわけじゃないし。無視して営業してます。」
「それで、何も言われないのか?」
「まぁ、特にはまだ・・・。でも、近くの店が二回目の催促をされたって話も聞いたし、そろそろ来るのかもしれない。」
「そうか・・・。」
腕を組んで考え込んでしまった斎藤さんの髪の毛を少しだけ触ろうと手を伸ばす。
と、ビクリ!と身体を引かれてしまう。
「あ・・・。」
「な、何だ?」
「すいません・・・。」
ふわふわの髪の毛を触りたかった・・・・・・。
そんなすごく残念そうな顔を見た斎藤さんがうろたえる。
「ど、どうした?何がしたかったんだ?」
「髪の毛、触ろうと思ったんですけど・・・、流石に気配に敏感ですね。」
「か、髪の毛?あぁ・・・、髪の毛・・・。」
「気にしないで下さい。で、ですね。その息子が一緒に居る男たちが何者なのかも出来れば知りたいんですけど・・・。」
「触って良いぞ。」
「え?」
ボソッと呟く斎藤さんの声が一瞬聞こえなくて聞き返した。
が、斎藤さんは下を向いて頭を向けてくるだけで、もう何も言わなかった。
「あ、髪の毛、いいんですか!?」
「ああ。」
「有難うございます!!」
れいは卓を回り込んで斎藤さんの隣に座ると、肩にかかる髪の毛を指先で梳きだした。
「ふふ、ふわっふわ。」
「!!?」
自分の懐に入り込んで髪の毛を弄っているれいの近さに、斎藤さんが顔を真っ赤に染めて戸惑っている。
その背中に腕を回して、抱きすくめることが容易い距離だ。
こんな無防備な姿を晒しているれいを見て、斎藤さんは心配になった。
「れい、近すぎる・・・。」
「え?だって、髪の毛触らせてくれるって・・・・・・。」
「お前は、誰の髪でもそうやって近くで触るのか?」
「近くで・・・って、お客さんの髪は、後ろに立って切りますよ。」
「普段・・・だ。」
「普段?普段は・・・・・・男性の髪の毛なんか触りませんよ。」
男性の髪の毛を触らない・・・と言うことは、女性の髪の毛なら触るということだろうか?
ならば、自分は女性と同類だと・・・?
「俺は男だ。」
「そんなの知ってますよ。」
知っている・・・。ならば、何故自分の髪は触るのだろう?
「斎藤さんの髪の毛、柔らかくて好きです。顔を埋めたいな〜。」
段々と大胆になってくるれいの指使いに、斎藤さんは少しだけ甘く痺れる感覚を味わった。
髪の毛を垂らしている側の首筋が、熱くなってくる。
「ふっふっふっふっふ・・・。」
「な、何だ、変な笑い方をして。」
「斎藤さん、すごく真っ赤ですよ。照れてる。」
頬を指でツン・・・と突くと、真っ赤にした顔を背けて、れいから隠すように手で覆う。
「絡かうな!」
「え〜、だって、可愛いから。」
「男を可愛いと言うのは、失礼だ。」
「あら、ごめんなさい。でも、反応が初心で楽しくなっちゃう。」
「楽しい・・・・・・?」
楽しい・・・と言われ、途端に斎藤さんの表情が不機嫌になる。
「絡かわれるのも、楽しまれるのも、ご免だ。」
「あ・・・。」
失言だった・・・。
ただ本当に、斎藤さんの反応が楽しかったのだけれど、悪意があって悪戯していたわけではない。けれど、真意はどうでも、相手を不機嫌にさせたことは確かだった。
「ご、ごめんなさい・・・。」
サッと立ち上がって斎藤さんから距離をとると、れいはお茶を少しだけ飲んで気分を落ち着けた。
少しだけ怖い・・・。
けれど、自分で怒らせておいて、怖いも何もない。
自分のせいだ。
それに、こんなことで泣く様な可愛さも無ければ、ここで真摯になる素直さも持っていなかった・・・。
「でも、年下君の斎藤さんが可愛いのは本当よ。斎藤さんは嫌だろうけれど、嫌いじゃない証拠でしょう?」
「・・・・・・。」
何も言わなければ良いのに、どうしても口から言葉が出てしまう。
どうせ、後でまた後悔するに決まっているのに・・・。自分の性格の可愛げの無さに辟易する。
「それじゃ、地主の息子のこと、お願いします。」
それだけ言うと、逃げるように部屋を後にした。
斎藤さんが長い溜息を吐いた。それを聞いている人はもう部屋には居ない。






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