宿を発ったれいは、その後もゆっくりだが確実に北上していた。 宇都宮で起きた戦いは数日間続き、新政府軍の勝利で終わったらしい。 夜中に駆け抜けて行く集団が居ると言うが、恐らく敗残兵たちなのだろう。れいは、そこに新選組の名前が有った事に喜んだ。 今は、会津に結集しているらしい。 その日、昼過ぎに一度休憩を取り、再び歩き出して一刻もしないうちに、前方から発砲音が響いてきた。 こうして、会津に近付く度に小競り合いに遭遇する。 その率が上がってきている。 ワッと声が上がり、周囲から人の気配が襲ってくる。 れいは怖くなり、道を逸れて木立の中に隠れた。 普通の旅人も居るというのに、お構いなしに戦は始まってしまう。 発砲音に対して、刀で応戦しているのか、剣戟も聞こえてくる。 様子を探りながら縮こまって震えていると、前方からジリジリと後退しながら打ち続ける人たちの中に、刀を振り回して銃弾の中に躍り出る人達が混じっているのが見えた。 砂埃と硝煙で、影しか見えないが、かなり素早い動きで、相手方の銃弾が定まらないらしい事がよく分かる。 しかし、それでも押されているのだろう…。 少しずつ、後退している人達の人数が減っている…。 死んでしまったわけではないと、そう思いたいが・・・。 相手方は、砂でれいからは見えない…。 その時、れいのすぐ側に銃弾が飛んで来て、後方の木に当たる。 「…!!」 硬直して目だけを動かす。 木には小さいが深く穴が空いていて、そこから煙が立ち上っている。 冷や汗が流れる。 震えが酷くなり、立ち上がって更に後方へ下がる事が出来なくなってしまった。 そして、今度は隠れている木を掠めて飛んでいく。 「いやあぁぁ!!」 悲鳴が上がる。 まるで自分の声では無いように聞こえてくる…。 「頭を低くしろ!」 誰かがれいに気付いて指示を出してくる。 言う事に即座に反応して、頭を抱えて地べたに這い蹲る。 茂みの中から様子を伺うと、後退している人達が間近に迫っている。 時折、茂みに身を隠し、躍り出ては斬り捨てていく人達が見えてくる。 相手方の銃は連発出来るようで、苦戦を強いられているらしい。 後退している人達が持つ銃は、単発式らしく、隠れながら、打っては込めてを繰り返している。 再び、れいの真横に着弾する。 「ひぃぃ!!」 頭を低くしろと言われていたのに、思わずその場から退いてへたり込む。 こんなに近くで戦闘が起こったのは初めてだった。 けれど、何度か巻き込まれて死んでしまったのであろう旅人が、死体となって転がっているのを目撃している・・・。 親切な人が、穴を彫って埋めているところにも遭遇した。 今度は、自分がなる番なのかもしれない・・・。 そんなことを思わず考えてしまう・・・。 辺りを探ると、退いていく人達の中に、斎藤さんが居た気がして、目が追う。 ふと目の前が影になり、見上げると短銃を構えた男が立ち塞がっていた。 「お前は?」 「………」 驚きと恐怖で声が出ない…。 震える身体を抱き締めながら、返事をしようとするのだけれど、歯の根がかみ合わない。 ガチガチと、ただ鳴り響く。 その瞬間、鳴り響く銃撃音の中に踊り込んでくる人影が有った。 れいに短銃を向けた男に踊るように斬りかかり、薙ぎ払うとそのままれいに背を向けて庇いながら弾丸を斬り落とし、手を差し伸べてくる。 その、刀を持つ手が左だと言う事と、踊り込んでくる時に見えた顔、見覚えの有る服や体格ですぐに分かる。 見間違いではなかった…。 れいは涙を堪えて即座に手を握り返すと立ち上がる。 手の温もりを確認すると、銃弾を避けて、切り落としながら、れいを背中に庇って太い木の影に移動する。 「れい…!?」 木と自分の間にれいを隠しながら、斎藤さんが驚いた様に声を上げる。 「はじめさん…。」 我慢していた涙が、斎藤さんの様子を見て滂沱の如く流れてくる。 斎藤さんの様子はまるで満身創痍で、銃弾を全て斬り落としているように見えたが、その身にも受けていた。 傷跡を恐る恐る、震える手で触ると、斎藤さんが顔を顰めてそれを阻止する。 「気にするな。」 短く呟いて、れいの頬の涙を拭った。 斎藤さんは、なぜここに居るのかとは聞かなかった。 会津に向かっているれいか、会津への街道に居ることは不思議でも何でも無い。 ただ、こうして銃撃戦に巻き込んでしまったことに凄く責任を感じていた…。 これがれいでは無かったら、見殺しにしていたのかもしれない…。 少なくとも、ただの旅人だと判断したら、新政府軍も無闇に殺したりはしないのだから、放っておいても平気だったのだ。 だが、チラリと見えた人影がれいに見えて、駆け出さずには居られなかった…。 来て良かったと、その身体を抱き締めながら温もりに安堵する。 「しばらく待て。ここで伏せていろ。」 「はじめさんは?」 「俺は平気だ。信じていろ。」 れいは深く頷くと、その場に伏せた。 斎藤さんが誘導してくれた木は、根が太く盛り上がっていて、自然の堀になっていた。 これなら、銃弾が飛んで来ても木の根に当たって自分には当たらないはずだ。 れいが伏せるのを確認すると、斎藤さんは再び刀を手に走り出した。
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