れいは引き止めると、斎藤さんの姿を今度はしっかりと上から下まで見分した。 黒一色で統一された洋装。 それぞれをなんと言うのか、知らないけれど…。 斎藤さんの魅力が発揮されているように感じた。 腰に提げた刀が、何故か洋装でも不釣り合いには見えない。 「れい?」 戸惑いを隠せずに、斎藤さんが尋ねる。 れいは斎藤さんを見上げて、そっと微笑んだ。 「私も、土方さんには聞きたい事も、言いたい事も、いっぱい有るんだけれど…、とりあえず、まずは仕事に行かせて。」 れいの言葉に斎藤さんが目を瞠る。 「あ、でも、これだけは先に言いたい。」 「?」 斎藤さんが瞬きをしてれいを見つめ返す。 「その洋装、とても似合ってます。見る事ができて、本当に嬉しい。」 首元のスカーフを指でいじりながら、斎藤さんの洋装を褒めるれいを、改めて抱き締める。 そうして、言い辛そうに口を何度か開けて、ようやっと言葉にする。 「悪いが、仕事に行かせる時間は無い…。」 「何故?」 「…。」 斎藤さんが沈黙をする。 「土方さんは、そんなに急いでいるの?」 れいが、唇を尖らせて質問をすると、斎藤さんが少し考えてから頷いた。 「でも、こっちだって請け負った仕事が有るんです。私は隊士では無いですから、土方さんの命令で動く義理はありませんよ。」 見上げて来るその顔が、不満だと伝えて来る。 「まだまだ、ここで仕事をしないといけないんです。お金が貯まっても、お腹が落ち着くまではどうせ出立出来ませんし…。ここで信用を失う訳にはいかないんですよ。」 人差し指を立てて、斎藤さんの胸にトントンと当てながら語るれいに、斎藤さんが微かに眉尻を下げる。 「しかし…、なんて言葉は聞きません。」 れいが、斎藤さんが口を開きかけると、先手を打って封じる。 「はじめさんが副長命令を大事にしているように、私はお客さんを大事にしているんです。」 「…。」 斎藤さんが足元に視線を向けて、すぐにれいを見つめ直すと何度か瞬きをした。 「どれ位、かかる?」 「最近は、日暮れ前には店に帰れるようにしてもらってるので、そんなにかからないですよ。何件か回っても、一刻から一刻半です。」 空を見上げながられいが言う。 斎藤さんは頷くと、れいの頬に手を当てて、そっと撫でた。 「分かった。それ以降に迎えに来る。」 「良いの!?」 「ああ。俺もこの近くでやる事が有る。そちらを先に片付けてくる。」 「有難う!」 斎藤さんの手に手を重ねて、頬を擦り付ける。 嬉しそうに笑うれいに見惚れながら、注意を促す事だけは忘れない。 「無理はするな。」 「分かってます。」 言われるであろうと思っていたことを言われて、れいは更に嬉しくなった。 「はじめさんの、心配性。」 「む・・・。」 誰のせいで心配性になったのだ・・・と言いたげな瞳。 その瞳を見つめ返して、れいは頬に当てられた手を放した。 「じゃあ、後で・・・。」 「ああ。」 手を振って歩き出したれいを見送り、少しだけ離れてから、斎藤さんが追いかけてきてれいの横に並んだ。 「やっぱり、店まで送ろう。」 その、少しだけはにかんだ様な笑顔に心をくすぐられて、頷いて斎藤さんに手を出すと、斎藤さんが握り返してくれる。 握り締めて、そして二人で歩き出す。 吉原の賑やかな町中を、ゆっくりと堪能しながら・・・。
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