藤堂さんが山南さんの腕かられいを奪うように取り返すと、肩から流れている血に顔を歪めて呻きながら、傷口を抑える。
一瞬にして、藤堂さんの髪が白くなり、瞳が赤く染まる。
「俺、れいさん帰してくるから・・・。」
「その姿で、ですか?」
「・・・・・・。」
「どちらにしても、彼女は私たちの姿を見てしまいました。雪村君のように、屯所に置いたほうが良いのではないですか?」
嬉しそうに言う山南さんを複雑な思いで見つめる。
確かに、見られてしまったなら、屯所に連れ帰ったほうが良いかもしれない。
けれど、羅刹しか居ない今、傷を負って血の臭いをさせた彼女を連れて行くわけにはいかない・・・。
「れいさんは誰かに言ったりしないし、逃げたりもしないよ・・・。」
「斎藤君から逃げたのに?」
「・・・でも、添い遂げるって、決めたんだし・・・。」
「それが、また嘘だとしたら?」
「・・・大丈夫だよ。」
山南さんの問いに、藤堂さんが言い切る。
「ともかく、土方さんの指示を仰いだほうが良いと思う。帰ってくるまで、待とうよ。」
「ふぅ・・・。」
山南さんが、興味を失ったようにれいから視線を反らすと、ふらりと歩き去ろうとする。
「どこに行くのさ?」
「巡察に、戻ります。」
「山南さん!?」
「藤堂君も、用が済んだら巡察に加わると良いでしょう。」
「・・・・・・うん。」
山南さんの誘いに、時間をかけて返事をする。
そうして、山南さんが去っていくのを、寂しそうな瞳で見送る。
腕に抱いて、傷口を抑えているれいの顔を覗き込む。
血を失って気絶しているが、生きているようで安心する。
傷口に押し当てた布が血に染まり、自分を苦しめる。
その布を捨て、傷口を確かめる。噛み痕がくっきりと肌に刻まれている。そこから滲み出すように血がぷくりと浮き上がってくる。
それを見ると、更に息苦しくなる。
「っく・・・、うぅ・・・。」
傷口から目を反らして、自分の着物の裾を千切ると、傷口に再び押し当てる。
そして、そのまま担ぎ上げてから深呼吸を数度繰り返して、心を落ち着ける。
しばらくすると、藤堂さんの髪の色が元に戻り、瞳の色も落ち着く。
「早く送って、山南さんを追いかけないと・・・。」
呟いて、歩き始める。
れいの遊女屋まで連れて行き、入り口に入ると、屈強な男と老女が飛び出してくる。
「おわっ!!」
「れい!!?」
「ど、どうしたんだ!?」
藤堂さんから用心棒がれいを奪い取り、お母さんが顔に手を当てて確認する。
そして、肩の傷に気付く。
「これは、一体・・・?」
「お前がやったのか?」
「ち、ちげーし!!俺は、見つけただけだよ!」
「なら、連れて行ったあの男は!?」
「男?一人で倒れてたけどな・・・。」
空っとぼけて言うと、二人が顔を見合わせて、眉を顰める。
お母さんがれいのお腹に手を当ててから、耳を当てる。
「お腹の子も大丈夫だと思う。怪我をして血を失って、また貧血を起こしただけだと思う。」
安堵の溜息を吐いて、藤堂さんに向き直る。
「連れてきてくれて有難うね。」
「いえ、俺は別に・・・。」
「お礼をしなくては。」
「い、いや、本当に気にしなくて良いから!」
両手を振って辞退すると、藤堂さんは慌てて遊女屋を後にした。
お母さんは用心棒にれいを抱き上げてもらい、部屋へと連れて行った。
布団に寝かせて、傷口を確認する。
「何だい、これは!?」
「噛まれた痕だ・・・。」
呆気にとられて傷跡を見る。
どうやら血は止まりかけているようだ。それにしても・・・・・・。
「噛み傷とは・・・・・・、一体お前の周りはどうなっているんだろうねぇ・・・?」
青白い顔をして寝込むれいの頭を撫でて、お母さんが呟く。
たったこれだけの傷で、気絶するほど血を失うとは考えられない。他に何かあったのだろうか・・・・・・。
れいが目を覚ますまでは何も分からない・・・。




更に数日後、れいが元気になって髪結いに出て行こうと入り口を出ると、そこに黒衣の青年が立っていた。
見慣れない洋装に身を包んだ男の人の顔を見上げると、そこにはいつも見たいと思っていた容貌。
「!!はじめさん!!!」
首に手を回して抱きつくれいを、斎藤さんが受け止めて抱き締めてくれる。
「お帰りなさい!!」
れいが囁くと、斎藤さんが更に強く抱き締めてくれる。
噂では、甲陽鎮撫隊は敗走したと聞いていた。
またすぐに再戦をするのかと思っていた。
こうして、こんなに早く会えるとは思っていなかったのだ。
「今日は、どうしたんですか?まだ、迎えに来てくれたわけでは無いのでしょう?」
新政府軍と幕府軍の攻防が終わったわけではない。
吉原に居ると、本当に色々な噂が耳に入ってくる。
幕府側がいつまでも劣勢のままなのも噂で知っている。
しかし、斎藤さんの答えは想像とは少し違った。
「副長が呼んでいる。迎えに来た。」
「え、え!?」
「行くぞ。」
斎藤さんがれいを解放すると、手を繋いで歩き出す。
それに抗って、足を踏ん張ると、斎藤さんが驚いたように振り返る。
「待って!」
「れい?」
「待って、はじめさん。」
斎藤さんの手を握り締めて、静かに首を振るれいに、斎藤さんは不思議そうに見つめ返して来るだけだった。






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