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男が訪ねてきてから数日間、れいは、近所の人たちに話を聞いてみて、自分の中でまとめてみた。 どうも、亡くなった地主さんの息子で、ずっと家を離れていて今までは妹が地主を手伝っていたらしいが、死をきっかけに舞い戻ってきて、幅を利かせ始めたらしい。 妹も手を焼いているらしいが、どうも後ろに黒い影が見える・・・ということで、大きく出られず、困っているらしい。 「さぁて、これは困ったなぁ。」 どうやって切り抜けるか、一人で考えるとどうしても・・・、家に乗り込んで説教・・・としか考えられない。 自分の単純さに自分で呆れる。 後ろに居る黒い影も気になる。 妹さんが取り締まってくれれば一番良いのだけれど、兄には強く出られない心優しい人らしい。 とりあえず、一度こっそりと地主の家を訪ねてみることにして、家を後にする。 少しだけ日が傾きかけている。あまり遅くなると一気に物騒になるから、早めに終わらせたい。 けれど、あまり変な動きをすると不審に思われるから、のんびりと道を歩く。 今は、新選組の人たちは、将軍家茂公の上洛警護のために屯所を出払っていると聞く。 そのために、山崎さんもすっかり姿を見せなくなった。 新選組の情報は全く知らされないので、後からお客さんの噂で知ることが多い。 山崎さんが突然来なくなることは多いので気にしないが、少しくらい言ってくれても良いのに・・・と少しだけ思う。 自分は新選組とは何も関係が無いんだ・・・と、毎回改めて知らされているようで少しだけ寂しい。 地主の家に着いた時に、家の前に大柄な男の人たちが屯って居るのを見つける。 なにやら柄が悪そうで、近寄りがたい。 表はそんな様子で近づけないので、裏口に近づいたら、運良く見たことのある女性が勝手口から出てきた。 「あ、あの、すいません。」 「はい?」 「ここの家の方ですか?」 「ええ、そうどす。何や用どすか?」 物腰の柔らかな女性だった。 「あら、あんたさん、髪結い処のれいはんやったなぁ。」 「はい。あ、地主さんの娘さんでしたねぇ。」 思い出すと、その女性は地主に挨拶に来たときにお茶を出してくれた娘さんだった。 「ほな・・・、また、兄が何か迷惑かけはった?」 「また・・・ですか?」 「ええ、何でも、お店回りをしてお金を要求してるて・・・。」 「そうなんです。うちは、2000両要求されて、そんなお金無いですよ・・・。」 「いや、そんな大金!!払う必要無いどす。」 「でも、暖簾を持っていかれてしまって・・・。」 「いやぁ、ほんに、兄が迷惑をかけはったなぁ。返したげたいんやけど・・・兄の部屋にはうちも近づけへん。なんや、変な男たちが仰山おって・・・。」 「門前に居る人たちですか?」 「そうどす。帰って来はった思うたら、ずっとあんな調子で・・・、どないしはったんやろ・・・。」 頬に手を当てて憂い顔をする京美人を前に、れいは何とかしてあげられたらな・・・と思う。 暖簾は新しく作れるとしても、あの屈強な男たちが乗り込んできては溜まったものではない。 「とにかく、あの男たちが何なのかさえ分かれば、何とかなるかもしれないですよね。」 「何とかなるもんやろか・・・。」 ふぅ・・・と短く息を吐いて、地主の娘は扉に手をかける。 「お金、払わんでええし。あんまり関わらんことやで。無茶言うて来はったら、また言うてや。」 そう言うと、早々に家の中に入っていってしまった。 どうも、兄の素行に迷惑しているような感じだけれど、自分から何かをする気は無いらしい。 確かに、自分に被害が無ければ放置も良いかもしれないけれど・・・、れいは迷惑がかかっている側だ。 お金を払わなくて良いと言われても・・・、それで解決したとは思えない。 「う〜ん・・・、あんまり収穫が無かったなぁ。」 両手を組んで前に伸ばすと、少しだけスッキリする。 そうして、地主の家を後にした。 しかし、家に帰り着く前に異変に気づく。 後ろから数人の足音がついてくるのだ。 「あ〜・・・、厄介だ・・・。」 どうも、地主の家からつけられているらしい。 一向に距離を詰めてこないところを考えると、どこの誰かを見極めるのが目的で、襲ってくる心配は無いかもしれない。 れいは一瞬だけ考えて、行き先を変更した。 少しだけ遠出になるが、このまま家に帰って問題になるよりは良いだろう。 街中から家のまばらな地域へ、薄暗くなりかけている道を行く不安はあったが、そちらを選んだことに後悔は無い。 斎藤さんの言葉が、今の自分の行動のきっかけになった。 『何かあれば、すぐに声をかけてくれ。』 将軍上洛の警護で、斎藤さんが居るとは思えないけれど、隊士全員が出払っているわけではないだろう。知らない平隊士であっても、女が男につけられていれば、助けてくれるかもしれない。 それに、自分たちの土地と無関係の人間だと分かったら、途中で引き返してくれるかもしれない。 「あ〜〜〜〜〜、厄介だなぁ・・・・・・。」 頬を膨らませて、口を尖らせる。 ぷくぷく動かしながら足早に進むのだけれど、れいの淡い期待は破られて、屯所に辿り着くまでずっとつけられてしまった。 ふと、このまま所に駆け込むのもまずいのでは・・・と思い始めた。 何せ、自分の髪結い処は新選組とは関係ないはずなのだ。関係が他所にばれてしまっては、みんなに申し訳が立たない。 少しだけ屯所の入り口を過ぎて、八木邸の母屋へと向かう。 屯所の離れは、前回来たときよりも静かで、人があまり居ないのが窺い知れる。 「すいませーん。」 扉を開けて、中に声をかける。 「は〜い!」 中から子供が駆け出してくる。そして、後に続いて奥さんが姿を現す。 「・・・あら?」 「れいと申します。三ヶ月前、一度お世話になった・・・。」 「あぁ、ええ。ようお越しやした。」 にっこり笑ってお辞儀をしてくれる。 れいは少し後ろを振り返る。門の外に、まだ数人居る気配がする。 すぐに新選組の誰かしらが追い払ってくれるとは思うけれど・・・、それまでは外に出られない。 「あの、土方さんは・・・。」 「新選組の方たちは、大半将軍様の警護で出払ってはるえ。」 「やっぱり、そうですよね。」」 「どないしはったん?土方はんにご用やったん?」 「いえ・・・、それが少しだけ困っていて、力を貸してもらおうと思って来たんですけど・・・。」 「ほな、斎藤はんが残ってはるし、お呼びしまひょ。」 そう言うと、一緒に出てきた子に斎藤さんを呼びに行って貰って、中に通してもらえた。 「ここの客間で待ってておくれやす。すぐにお茶、お持ちしやす。」 「あ、すいません、有難うございます!」 れいは座り込んで、ホッと息を吐き出した。 思いのほか緊張していたらしく、正座のままくたり・・・と身体を折り曲げる。 膝の前に手を伸ばして、身体を解すと、キシキシと悲鳴を上げる。 「あいてててて・・・」 予定よりも長く歩いて、足も張っている。少しだけ寛げて、足を揉み解す。 そんなことをしていると、奥さんがお茶を持って入ってくる。 「お待たせ。斎藤はん、そろそろ来はるえ。」 「有難うございます。」 お礼を言ってお盆を受け取る。 さっと、去っていく奥さん。何も聞かずに居ることが平穏の証だと、理解しているようだ。 れいはお茶を注ぐと、湯飲みに口をつけた。 「あっつ・・・。」 暖かさが身にしみていく。 「さ〜いと〜うさ〜ん、まだかな〜・・・。」 こんな時に、斎藤さんが居てくれて良かったと思う。 何となく、髪結い処を借りる交渉をするときに対峙した三人は、他の人たちよりも話しやすく感じる。本当に、何となく・・・だけれど。
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