その瞬間、男の髪が再び白く変わり、すぐに戻る。
「!!?」
今度は見間違いではないはず・・・。
確かに、一瞬だが白くなったのだ。
「何・・・、どうして・・・!?」
男の髪におずおずと触れ、感触を確かめる。
しかし、他の人の髪と、何ら変わらない。
「おや、髪がどうかしましたか・・・?」
自分の髪を触る手を退かしながら、男が問いかけてくる。
その瞳が、赤く光る。
この人・・・何・・・・・・?
髪の毛が変わるだけなら、興味の対象にしかならなかったかもしれない。
けれど、瞳の色まで変わる・・・。
光の加減で変わっている訳ではないはずだ。
その証拠に、先ほどから自分たちが居る場所に届く光量は変わっていない。
気味が悪い・・・。
何だか、恐ろしいと感じる。
背中を抱いている男の手に力が篭る。
「おや、震えているのですか・・・?」
楽しそうに笑いながら言う男の、意味が分からない・・・。
何も、楽しくない・・・。
珍しいものが好きな自分でも、これは異常事態だと分かる・・・。
「怖がらなくて大丈夫です。少し、飲んだ後に苦しいかもしれませんが・・・。」
男が掲げてくる瓶を振り払う。しかし、瓶は落ちることなく男の手の中で揺れている。
「ああ、それとも・・・。」
再び、男の目が赤く染まり、髪が白くなる。
一瞬ではなく、今度はそのまま戻らない・・・。
何・・・、この人・・・、何なの・・・・・・!!?
背中を抱く手の力が、白い髪に変わった途端に強くなった・・・。
骨が軋むような重さが背中に加えられる。
「このまま、あなたを頂くのもいいかもしれませんね。斎藤君には悪いですが・・・、妊婦の血と言うものも、味わってみても良いかもしれません。」
何を・・・言っているのだろう・・・。
妊婦の血を味わうとか何とか・・・。
まるで、妖のような事を言う。
首を振る。
首を振って、男の手を退けようと身を捻るが、ビクともしない。
今まで、こうして捉えられてきては身を捻って逃れようとしてきた。
けれど、その中の誰よりも強く掴まれている。
見た目からは想像出来ないほどに強い力・・・。
更に恐怖が込み上げてくる。
意味が分からない・・・。理解が出来ない・・・。
「誰か・・・・・・。」
かすれた声が、れいの口から零れる。
何故、さほど離れた場所ではないのに、遊女屋の人たちは顔を出さないのだろう・・・。
ふと、疑問に思って辺りを伺う。
そして、男の顔に視線を戻す。
違う・・・。少ししか歩いていないはずなのに、ここは見覚えが無い場所だ。
吉原の中なのは確かだろう、表の通りからは賑やかな声がする。
けれど、この陰の中はまるで隔絶された世界のように静かで冷たい・・・。
「どうして・・・。」
男の手がれいの頬を撫で上げる。
その手の感触に虫唾が走る・・・。
気持ち悪い・・・、触らないで欲しい・・・。
激しい緊張に、心臓が耐えられないほど激しく鳴り響いている。
そのまま首筋に降りていく手を、掴んで引き剥がそうとするのに、やはりビクリともしない・・・。
「ああ、これでは両手が塞がってしまって、綺麗な傷を付けてあげることが出来ませんね。」
困ったように首を傾げて言う男を睨みつけるが、男は気にした風も無く、赤く染まった瞳をギラつかせてれいの首筋を見つめる。
「仕方ありません。あまり、好みでは無いですが・・・、噛み千切って差し上げましょう。」
「・・・・・・!!?」
襟を広げて、肩までを露にされる。
そこに、男の顔が近づいていく・・・。
気持ちが悪い・・・、怖い・・・、噛み千切るなんて、意味が分からない・・・・・・。
首に近い肩に、歯が押し当てられる。
押し付けられ、歯で挟まれた肉がメリメリと音をたてているような気がする。
あまりの痛みに、声が出ない・・・・・・。
開いた傷口から零れていく血液を、舐めあげられている・・・。
その感触に全身が冷えていく・・・。
「・・・・・・っ!!!」
ズッと、傷口に口を当てられて、吸い上げられていく。
血が逆流して、一気に力が入らなくなり、目の前が朦朧とする。
「・・・・・・」
はじめさん・・・・・・。
お腹が、ドクンと脈打つのを感じて、涙が溢れてきた。
この、小さな命を守るために、今出来ることをしなければ・・・・・・。
れいは、本能だけで男の腰から刀を抜いて、歯の部分を男に押し付けて更に抜き出した。
刀の重量に耐えられず、そのまま鞘に戻っていってしまうが、男の気を反らすことは出来たようだった。
肩から口を離し、れいを冷えた眼差しで見つめてくる。
けれど、もう意識を保っていることが出来ない・・・。
ただ、男の傷口がすぐに塞がっていってしまうのを、切れた服の隙間から見ていた。
「何してるのさ!!?」
「おや、藤堂君じゃありませんか。」
「山南さん、そいつが誰だか分かってて、そんなことしてるのか?」
「分かっていますよ。けれど、話し合いでは決着がつかなくてね。」
頭を持ち上げていることも困難になり、全身の力が去っていく・・・。
ガクリと、後ろに倒れこむれいの身体を、掴んでいた腕一本で支えて、山南さんが藤堂さんに微笑んだ。






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