すっと・・・、音も無く男が近寄る。 その速さに、反応することが出来ない。 気付いたら、距離があったはずの二人の間は、柱一本入ることが出来ないほどに縮まっていた。 「!?」 息を吸い込み後ろに下がるが、腕を掴まれてしまう。 「話を聞かないのは、お利口ではないですよ。」 掴んだ腕をずらし、手を握って顔の近くへと持ち上げる。 まるで武士が姫に挨拶するようなその仕草が、恐ろしいとしか思えない・・・。 「な、いつの間に!?」 用心棒が、棒を構えて男に振り下ろすが、すらりと抜き放った白刃が素早く斬り捨てる。 「話をするだけです。邪魔はしないで頂きたい。」 男の笑顔が消え、冷たい相貌が用心棒を睨みつける。 れいは、二人を交互に見て、用心棒に向かって首を振った。 手を出さないでくれと・・・。適う相手ではなさそうだ・・・。 それに・・・・・・。 一瞬の変化を、れいは見逃さなかった・・・。 刀を抜き放った男の髪が、白く変化したことを・・・。 目の錯覚なのだろうか・・・。自分の調子が悪く、色を判別できないくらいの眩暈を感じたのだろうか・・・。 色々と思考は巡るが、どうしてもそうだとは思えない・・・・・・。 男が振り向いて、再び笑顔を向けてくる。 けれど、その顔はもうれいには笑顔に見えなくなっていた。 「放してください・・・・・・。」 引き攣る喉から、懸命に声を出す。 しかし、男は首を縦に振らない。 「いけませんね、そんなに我侭を申しては。」 「じゃ、用心棒さんを遠ざけるから・・・・・・。」 「いえ、もう彼は信用できません。全身から殺気が漲っていますよ。」 男がそう言うと、れいの手を引っ張って歩き出した。 「さ、ここを出ましょう。ここで話など、出来ません。」 「や、嫌です・・・。」 首を振って、柱に手をかけて抵抗するが、すぐに外れてしまう程に男の力が強い。 用心棒も、れいに危害が加わるのはまずいと思ったのか、下手に手出しが出来ないで居る。 「さ、誰かが来る前に、移動しなくては。」 まるで、れいが素直についてきているかのような話しぶりである。 しかし、れいは未だに抵抗をしている。 むなしい抵抗だとは分かっているが、このまま連れて行かれる訳にはいかない・・・。 新選組の人だとは分かっているが、それでもこの男は危険だと、全身が警鐘を鳴らしている。 「なに、すぐそこの角で話をさせてもらうだけですよ。安心してください。」 そう言うと、抵抗を続けるれいの手を強く引っ張る。 勢いが強すぎて、れいの身体が店外へと躍り出てしまうと、その背を抱くように横に立ち、店の角を曲がり、陰になっている場所へと誘導されてしまう。 「あの、私なんかに何の用なんですか!?」 声を荒げて質問するれいを見据えて、男が薄っすらと笑う。 「斎藤君からの伝言だと、そう申し上げたはずです。」 「そんなはずありません。」 「何故、そう言いきるのですか?」 「斎藤さんは、あなたから私を隠しました。それなのに、あなたに伝言を託すはずがないでしょう?」 「ほう・・・。斎藤君の躾が行き届いているようですね。」 見つめてくる男の瞳が、時折赤く光るような気がして、薄気味悪さが増していく・・・。 「躾なんか、されてませんけど。」 男に向かって、言いきる。 それを楽しそうに聞いて、男が懐から何かの瓶を取り出した。 小さくて、手の平に収まってしまうほどの大きさしかない。 それをれいの手に押し付けてくる。 「これを、飲んでいただきたい。」 「・・・?」 手の平の中の瓶と、男の顔を交互に見る。 これを飲む・・・と、どうなるのだろうか・・・。 「これが、何ですか?」 「とても良い薬です。」 「薬?」 「ええ。お腹の中の子も、あなたも、とても健康で強くなれる薬ですよ。」 「・・・・・・。」 斎藤さんから聞けば、信じて飲んだであろう。けれど、目の前の男は信用できない。 「結構です。」 男に突き返すと、不思議なものでも見たような、驚いた表情で見つめ返される。 「あなたと斎藤君の子ですよ。新選組の次代の幹部間違いなしです。その子を、強く、立派に育て上げたいとは思わないのですか?」 そう聞かれても、頷くことが出来ない。 そして、男に疑問を投げかける。 「あなたは、新選組が、次代を待てるほど存続出来ると確信しているみたいですけど・・・、この戦い自体が、次代まで持ち越されると考えているんですか?」 「・・・・・・。」 「次代を担うとして、早くても15年はかかります。それに、子が男の子じゃなければ、意味は無いはず。」 冷めた目で見つめられ、少し怯む。 男の腕は、依然れいの腰に回されている。 逃げ出すことも出来ないこの状況で、何を言っちゃっているんだろう・・・と、自己嫌悪するが、素直に瓶の中身を飲む気にもなれないのだ。 「次代を育てたいのですか?」 「ええ、勿論です。」 「じゃ、生まれてからにしてください。」 「ほう・・・。」 男が面白そうに笑う。 この笑顔の方が、自然だと、そう思った。 「それは勿論、そう言う選択肢もありますが・・・・・・、今はお腹の中に居る状態で、これを飲んだら・・・。」 そう言って、目の前で瓶を揺らす。 中の液体が揺れて跳ねるのに目を奪われる。 「子がどうゆう状態で生まれてくるのかを、知りたかったのですよ。」 そう言い、瓶の蓋に手をかけた男・・・。
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