斎藤さんは、藤堂さんが交代に来てすぐに土方さんの部屋へと行った。
「副長・・・。」
部屋から灯りが漏れていることから、起きていることが分かる。
「入れ。」
それだけを短く伝えられ、斎藤さんは部屋に入った。
「どうした。」
土方さんは、相変わらず青白い顔をしながら机に向かっている。
「山南さんのことで、少し・・・。」
土方さんの後ろに座り、斎藤さんが告げると、筆を置いて振り返る。
「山南さんが?」
顔中を顰めて、斎藤さんの話に耳を傾ける。
「はい。やはり、れいに目をつけたようです・・・。」
「・・・。」
「と言うか、妊婦に・・・。」
「妊婦なんかどうしようってんだ・・・・・・。」
「羅刹が子を産んだらどうなるか、妊婦を羅刹にしたら子はどうなるのか・・・、そう、言ってきました。」
「・・・・・・そうか・・・。」
土方さんが腕を組んで俯く。
「鬼の次は、妊婦か・・・。」
「今は平助が見張ってますが・・・、既に、姿は見られてしまいました。」
「何だと?」
「れいが厠に起きてきた時を見計らって声をかけようとして来たので、隠しましたが、恐らくは・・・。」
「はぁ・・・・・・。」
「申し訳ありません・・・。」
斎藤さんが淡々と告げる。
が、その言葉に苦渋が満ちていることを感じて、土方さんが首を振る。
「お前のせいじゃねぇ。俺が泊めるなんて言っちまったから・・・。」
「いえ、その時は、子が居るとは知らなかったのですから。」
「お前だって、だろう・・・。」
再び溜息を吐いて、目頭を揉み解す。
「れいの住まいは、知られていないんだな。」
「はい。」
「確か、吉原の中・・・だったな。」
「はい。」
「なら、そこまで入り込んで危険を冒すこともしないだろう・・・。明日、山南さんが起きる前に、早々に帰すぞ。」
「・・・はい。」
斎藤さんの返事が若干遅れる。
今回の出陣は、羅刹隊は同行しない。離れている間、山南さんが何をするか、もう誰も予想が出来ない・・・。
「何、妊婦に興味を持ったなら、何もれいじゃなくても良いはずだ。」
「副長?」
「だが、お前の子だから興味がある・・・可能性も捨てられない以上、留守中のことは平助に頼んでおく。」
「しかし、れいは平助を知っています。」
「ああ。だが、他に誰も居ないんだから、仕方ねぇだろう。顔は見られないように気をつけさせる。」
「分かりました。」
斎藤さんが頷くと、土方さんは再び机へと向かって、筆を手にした。
まだ寝ないつもりなのだろう・・・。
こうして、毎晩遅くまで仕事をしている。時には、遅くまで外出していることも有る。
斎藤さんは、土方さんが無理をしていても、何も言えなかった・・・。
無理をしても、この圧倒的不利な状況が覆るわけではない・・・。
でも、だからと言って何もしないのは間違っていることだけは分かる。
何もしなければ、このまま終わる。しかし、何かをし続ければ、先が開けるかもしれない。
その小さな可能性を探って探って探って、武士で在り続けようとする土方さんの為に、自分は刀で在りたいと思う。




翌日、朝早くに布団から起き出して、さっと畳むと部屋を出る。
眠れているようで眠れていない。
瞼を擦りながら部屋を出ると、明るい日差しが廊下を照らしている。
陰になっている場所は寒いので、日差しの中に移動して、少しだけ日の光を浴びる。
思わず辺りを伺ってしまう。昨日の男が居ないか、気になってしまったのだ。
「もう起きたのか?」
「はじめさん・・・。」
廊下の奥から姿を現した斎藤さんに近寄り、袖を掴む。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「まさか、一晩中見張ってたんですか・・・?」
「いや。夜中に交代した。」
「そう。」
少しホッとして、少し残念だと思った。
「副長が呼んでいる。」
「はい。」
そうだと思った。
斎藤さんの手には、れいの風呂敷包みが握られている。
きっと、すぐにでも仕事をしろ・・・と言うことだろう。
「朝食前に一仕事ですね。」
「ああ。」
風呂敷包みを受け取ると、斎藤さんが頬に手を当てる。
「あまり顔色が良くない。辛いのか?」
「いえ、あまり眠れなかっただけです。」
「本当に?」
「本当に。」
頷くと、斎藤さんが頷き返してくれる。
先を歩く斎藤さんを追いかけながら、広間へと移動する。
そこには、まだ土方さんしか居なかった。
「おはようございます。土方さんだけですか?」
「ああ。順番に切るのに、一気に全員揃っても仕方ねぇだろう。」
「そうですね。」
一度首を傾げてから、素直に頷いた。
風呂敷包みを解いて、中から鋏を取り出す。
「どっちが先ですか?」
「俺だ。」
土方さんが即座に答えて、座り込む。
「一番最初に俺が切らねぇと、納得できねぇ奴も居るだろうからな。」
「そうなんですか?」
「ああ。」
「何人切れば良いですか?」
「とりあえずは、幹部だけで良い。」
「じゃ、納得しない人は居ないんじゃ・・・・・・。」
「わからねぇだろう。」
腕を組んで座り込む土方さんを見て、思わず嘆息する。
「損な性格ですよね、相変わらず・・・。」
ボソリと呟くと、土方さんの肩が揺れた。
しかし、もう何も言わなかった。
れいは起きたばかりで結っていない、後ろに流れた長い艶髪を持ち上げて、少しだけ手の平からこぼす。
サラサラと、綺麗に流れていく髪を見て、少し緊張する。






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