しばらくは、ウトウトと眠っていたのだと思う。 それでも、目が覚めてしまった。 千鶴ちゃんは規則正しい寝息を立てている。 「・・・・・・。」 天井を見つめて、目が闇に慣れているのを確認する。 そして、起き上がる。 厠にでも行って、少し気分転換をしよう。 やっぱり何だか寝付けない。 昼間はずっと眠いのに、肝心の夜に眠れなくなる。 江戸に帰ってきてから、実はずっと夜の眠りが浅い。 斎藤さんが、千鶴ちゃんが、新選組のみんなが戦に身を投じているこの現実が、不安で堪らないのだ・・・。 いくら、今は無事で傍に居ると言っても・・・、またすぐに戦に赴くのだ。 それを考えると、怖い・・・。 そっと布団を抜け出して、廊下に出る。 弓形の月が天高く見える。 風も冷たく、春だと言うのに震えが走る。 身体を抱えて腕を擦りながら歩き出すと、庭から誰かが近寄ってきた。 誰だろう・・・? 立ち止まって伺っていると、横から誰かに腕を引かれて、背中に隠される。 「何をしている?」 その声で、斎藤さんだと分かる。 「あの、厠へ・・・。」 背中を見上げながら答える。 けれど、斎藤さんの視線は庭先の人物に向けられている。 「部屋へ戻れ・・・。」 「え、でも、厠に・・・。」 外に出て冷気に当たったら、本当に厠へ行きたくなってしまったのだ・・・。 「厠くらい、行かせてあげたらどうですか?」 庭から声がかけられる。 「何なら、私が連れて行って差し上げても良いんですけどね。」 誰だろう・・・。 未だに、新選組には自分が知らない人物が沢山居る。その中の一人だとは思うのだけれど・・・。 斎藤さんの全身に走る緊張に、訝る。 「結構。俺が連れて行く。」 「そうですか?残念です。斎藤君の奥方になる方に、挨拶をしたかったのですがね。」 何だか、残念がっていないような声音だと感じた。 何故か、冷気とは関係なく背筋が薄ら寒くなる。 斎藤さんの着物を握り締めて伺い見ようとすると、斎藤さんが手で視界を遮ってきた。 「なにやら、妊娠中だとか・・・。本当に、おめでたい事ですよ。」 「どこから、それを・・・?」 「人づてに、聞いたんですよ。」 斎藤さんの雰囲気が、刺々しくなる。 吹き付ける風にはためく袖の、揺れる隙間から少しだけ見えた。 笑顔なのに、全く笑っていないように見える、能面のような表情をした・・・、男の人・・・・・・。 「本当に、興味深いことです・・・。」 「興味深いとは・・・?」 「いいえ、別に・・・、こちらの話です。」 薄気味悪く笑う声が、冷たい庭に降る。そして男は立ち去っていった。 そのまましばらく庭を睨みつけていて、斎藤さんが振り返る。 「厠だったな。」 「・・・・・・。」 れいは返事をせずに無言で斎藤さんを見上げている。 「どうした?」 「今の・・・・・・。」 どうにかそれだけを搾り出すと、首を傾げる。 今の、誰? そう聞いているのだと思い、斎藤さんが口を開く。 「隊士だ。」 「・・・・・・ええ、そうなんでしょうけど・・・。」 斎藤さんの袖を握る指が、少し震えている。 それに手を添えて、骨ばった手で包み込む。 「冷えると身体に良くない。早く行くぞ。」 「・・・あ、はい・・・。」 生返事を返して、斎藤さんに連れられて廊下を進む。 今の男の人は、何だか薄気味悪い・・・。 新選組には、あんな人も居るのか・・・と、初めて知った。 それにしても、斎藤さんは何故こんなにも直ぐに来れたのだろうか・・・。 「あの、はじめさん・・・。」 「何だ。」 「どうして、ここに?」 れいの言葉に、斎藤さんが無言で視線を向けてくる。 そして、すぐに反らしてしまう。 何か、言いたくないことでもあるのだろうか・・・。 「偶然だ。」 しばらく黙って、そして告げてくれる。 その間が、偶然ではないことを教えてくれる。 そして、いつもの照れた様な、はにかんだ様な様子が無いことから、ただ会いたくて来たわけではないことも教えてくれる。 「ここが、屯所だからですか?」 「・・・?」 「前も、怪我をして帰れなかった時、夜、誰かが見張りをしていましたよね。」 「・・・・・・知っていたのか?」 目を瞠って見下ろしてくる斎藤さんに小さく頷く。 部屋で一人で居ると、どうしても外の様子が気になってしまう時もある。 それが、元気になってからは尚更だった。 少しだけ襖を開けて外を伺い見ると、いつも誰かしら居たように感じる。 そして、れいが伺っていることも、少数には知られていただろう。 「私、屯所内を探ったりしませんよ?」 「・・・ああ。それは分かっている。」 「なら・・・・・・。」 部屋から抜け出すことを警戒していたわけでは無いなら・・・、部屋に侵入されるのを警戒していたと言うことだろうか・・・。 「着いたぞ。」 斎藤さんが告げる。 これ以上は詮索しない方が良いのだろうか・・・。 思案顔を斎藤さんに向けると、小さな動作で頷いてくれる。 「分かった。」 そう言い、斎藤さんと分かれて厠へと向かった。
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