風呂で暖まり、すっかりと寛いだ斎藤さんが、部屋へと戻ってきた。
永倉さんと原田さんの言っていた贈り物の事などすっかり忘れ去っていた。
暗くなりはじめた空を見上げながら部屋の襖を開けると、布団が敷かれている。
それを見て、やっと言われた事を思い出し、恐る恐る近づいて行く。
あの二人のことだから、とんでもない物の可能性もある・・・。
灯りを燈していない部屋の中は、障子窓から入ってくる薄暗い光だけが頼りだ。
その薄闇の中、布団を確認して斎藤さんが小さく首を傾げる。
何も無い・・・。
まるで誰かが寝ていたような跡があるのだけれど、そこには今は何も無い。
一体、二人は何がしたかったのだろうか・・・・・・。
呆れと落胆の溜息が出る。
そして、自分が少しだけ期待していたことに気付く。
もしかしたら、れいが居るのかもしれない・・・と・・・・・・。
れいが言っていたことは、理解できる。
武士は主に尽くしてこそ武士で・・・、そこには縁談も含まれていることも。
けれど・・・、左利きの武士など居ないと言われ、意固地になっていた頃の自分を思い出す。
勝つ為に目の前の相手を殺して、己が生き残るために刀を振るう。
それが、自分が思い描いてきた武士という姿・・・。
しかし、世間ではそれをただの人斬りと言われ、実際に斬れば罪人だと言われる。
己の思い描く「武士」であり続けようとすればする程、世間で言われている「武士」との隔たりを感じるようになっていく・・・。
れいですら・・・、「武士」を「生き様」だと言った彼女ですら、世間で言われている「立派な武士」像に囚われている・・・。
ただ強くありたいと、そう望んでいるだけなのに、世界がどんどんと変わっていく・・・。
武士は・・・、自分は・・・、もう必要とされていない時代が来る・・・・・・。
斎藤さんは、ジッと布団を食い入る様に見つめるだけで、他に何も出来ないでいた。
色々と思いは浮かんでくるのだけれど、ただ虚しさが込み上げてくるだけだ。
死は怖くない。けれど、負けることは怖いと感じる。
己が思い描いている「武士」であり続けるためには、負けることなどあってはならないのだ。
しかし・・・・・・、刀の時代は終わりに差し掛かっている・・・・・・。
斎藤さんは、腰に差した長刀を抜き放ち、目の前に掲げた。
薄暗い部屋の中でも、研ぎ澄まされた刀身がキラリと閃く。
少しだけ、他の人よりも細い刀身・・・。
人を斬り、その度に磨き、どんどんと細くなっていく。
自分が、他の誰よりも人を斬っている証だ。
世間が武士を必要としなくなったら・・・、自分はどうすれば良いのか・・・・・・。
不意に、襖が開く気配がして、誰かが息を飲む。
「はじめさん!!?」
その声に驚いて振り向くと、小柄な人影が走り寄ってきて、手に飛びついてきて刀身を遠ざける。
「・・・・・・!?」
「馬鹿か!?斎藤が自害するわけねぇだろう!!」
吐き捨てながら足音を立てて入り込んでくるのは、土方さん。
では、この人影は・・・・・・。
「だ、だって・・・・・・、何だか凄く背中が寂しくて・・・。」
硬直してれいをただ見つめるだけの斎藤さんから手を離して、きちんと座り込んで改めて頭を下げられる。
「ご、ごめんなさい・・・、変な勘違いして・・・。」
「全く、斎藤も灯りをつけないから、変な勘違いされるんだぞ?」
土方さんが後ろで言いながら、灯篭に灯りを入れてくれる。
部屋が明るくなり、目の前の人物が改めてハッキリと見える。
斎藤さんが、刀を鞘に納めるのを見届けると、れいが気まずそうに視線を反らす。
そして、後ろに視線を送ると立ち上がり、走り出す。
「あ、ありました!」
土方さんに言いながら風呂敷包みを持ち上げるれいを、微妙な気分で見下ろしつつ、土方さんが溜息を吐く。
「大事なもん、忘れてんじゃねぇよ・・・。」
「すいません・・・、それどころじゃなくて・・・・・・。」
後ろで会話を聞きながら、斎藤さんは依然刀を納めてから微動だにしない。
そんな斎藤さんを盗み見て、土方さんが小さく首を振ると、れいの頭に手を乗せて斎藤さんの方に無理やり向かせる。
「お前、ここで休んでいろ。」
「こ、ここで!?」
「ああ。そんな顔色で屋敷内をうろつかれたら困るんだよ。」
「で、でも・・・。」
土方さんを振り向いて首を振るれいに、顎で杓って斎藤さんを示す。
「いいな、斎藤!」
強い口調で命令をする土方さんに、ピクリと反応して、斎藤さんが振り向く。
「はい。」
小さく頷くのを確認して、土方さんが踵を返していく。
「ああ、言っておくが・・・、休むだけだからな。泊まるのは、千鶴の部屋にしろ。」
「は?」
「泊まり・・・?」
「いいな。」
そう言い置いて、土方さんは襖を後ろ手に閉じて立ち去ってしまう。
れいは、後ろを振り向けずに立ち尽くしていた。
すると、斎藤さんが立ち上がる気配がして、自分の前に立つ。
顔を覗き込まれて、盛大に溜息を吐かれる。
「また、そんな顔色をして・・・・・・。」
「いや、さっきよりも良くなったはず・・・ですよ?」
気持ちの悪さは治まってきている。だから、そこまで悪くないはずなのだが・・・・・・。
「良いから。」
そう言うと、斎藤さんがれいを抱き上げて、布団に横たえて風呂敷包みを奪うと、掛け布団をかけてくれる。
「やはり、お前が寝ていたのか・・・。」
敷かれていた布団に、やっと足りなかったものが嵌ったと、そう思った。






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