永倉さんが、屯所代わりに与えられた家の門に人が居ないのを確認すると、原田さんに合図をする。
それを受けて、原田さんがれいを抱えたまま素早くすり足で移動する。
人が大勢動いている気配がする家の中、人が居ない場所を伺っているようで、門の中に入ると、再び永倉さんが先を確認する。
その間に後ろを警戒しながら、原田さんがれいの様子を伺ってくる。
れいは目を閉じて、グッタリとしては居るが、起きてはいるようで、時折目を開けて確認をしている。
ここで大声を出したら逃げられるのに、そうしない。
斎藤さんに会いたいからか、はたまた原田さんと永倉さんに害が及ぶからかは分からないが…。
永倉さんが再び手で合図を送ってよこし、頷いて後を静かに追う。
それを数度繰り返して、ようやく二人が話し始める。
もう安心な場所まで来たのだろうか…。
「で、左之。斎藤は?」
「今はまだ、市中警護じゃねえか?」
「そっか…。」
残念そうに相槌を打つ永倉さんを伺い見て、れいが原田さんの腕を軽く引っ張る。
「ん、どうした?」
「千鶴ちゃんは?」
ずっと気がかりだった・・・。父が見つかったか、戦火の中彼女はどこに居たのか、京に置いてきたのか、それとも・・・。
「さあ、今頃は土方さんの所か、どっかの掃除じゃねえか?」
「良かった…。」
原田さんの言葉に、ホッとする。
置いていかれても居ない、まだ一緒にここに居る、無事で居る・・・。そう思うと、少しだけ羨ましくもあり、複雑なのだけれども・・・。
心底安堵したような声に、二人が少しだけ微笑む。
一つの部屋を開いて、素早く中に入ると、
やっとれいを下ろしてくれた。
しかし、れいは立ち上がらずにそのまま寝転がっている。
「立てないほど辛いのか?」
「いえ…。起きれます。」
そう言って起き上がろうとするれいを制して、原田さんが布団一式を出してくれる。
「良いって、れいちゃん、無理すんな。俺が無理やり連れて来たから、酔っちまったんだし…、少し寝てろって。」
原田さんの敷いてくれた布団に連れて行ってくれる。掛け布団をかけられて、枕元に二人が座り込む。
こうしていると、以前貧血で倒れたときに枕元に座って居た二人を思い出す。
「あの、山崎さんは…?」
質問に、二人の顔が驚き、気まずそうに歪められる。
それだけで、何かが有ったと分かる。
「生きて…ますか?」
声が掠れてしまう。
生きていて欲しい。誰にも死んで貰いたいなどと思って居ない。まして、山崎さんは寝食を共にした仲だ。
しかし、二人の沈黙で悟る。
「…そう…ですか…。」
気持ちが益々落ち込んでいく。
自分を守ってくれた事もある。その時には、けして弱いとは思えなかったのだけれど…、それでも、そんな強い人でも…死んでしまうものなのか…。
それ程に、鳥羽伏見での戦いが激烈だったと言う事だ。
「お二人がご無事で、良かったです。」
れいの言葉を聞いて、二人が肩の力を抜く。
「少し寝て待ってろ。もうすぐ帰って来ると思うからよ。」
「待ってると、思いますか?この私が…。」
れいが挑戦的な目で見てくる。それを鼻で笑って、永倉さんが頭を撫でてくれる。
「しっかりと外で監視しててやるから、安心しろ。」
「全然安心じゃないです…。」
頬を膨らませて抗議するれいを残して、二人は部屋を後にした。
れいは取り残された部屋で、目を閉じた。
悪阻で気持ち悪くなったのは、久しぶりだった。
相変わらず、常に貧血のようなフラつきは有るのだけれど、無理をしない限り倒れる事はない。
匂いも、お母さんはれいの前では煙管を我慢してくれているので、我慢の範囲内だ。焼き魚は食べて居ないので分からない。
しかし、揺れで悪阻を起こすとは思って居なかった…。揺れるような状況になどなった事が無いのだから、当たり前だが…。
新たな発見に驚く。
お腹の子は、順調…だと思う。まだ腹がせり出すような時期では無いので、どうも実感がわかない。
やっぱり干上がって、女としての人生が終わっただけではないか?と思うほどだ。
けれど、こうしてたまに悪阻に襲われると、実感する。
育っているのだと…。
何となく、この部屋に入ってから、安心する。
この安心感に包まれて、いつまでも居たいとさえ思う。
この安心感が斎藤さんを思い起こさせて、斎藤さんの匂いを思い出す。
多分、斎藤さんの部屋なのかもしれない…。
その頃、部屋の外で少し中の様子を伺って居た原田さんと永倉さんは、れいが動く気配が無い事に安心して、部屋を離れた。
声が届かない場所まで来て、やっと永倉さんが口を開く。
「いやぁ、れいちゃんって、あんなに色っぽかったっけ?」
「はあ?何言ってんだよ、新八…。」
「だってよ、こう…、しなだれかかってくる様子なんか、
生唾もんだぜ?」
「まぁ、俺も変な気を起こしそうになったけどよ…。」
玄関へと向かいながらにやける永倉さんに、原田さんが気まずそうに笑う。
「でも、弱ってる女は、大抵色っぽいと思うだろう、お前は。」
「そりゃお前じゃねえか?俺は、どんな女だって、大好きだぜ!」
どうでも良い宣言をしながら、永倉さんが元気良く伸びをする。
「斎藤に伝言したら、また吉原に行くか!」
「様子見なくて良いのか?」
「良いって。後は二人の問題だろ。それに、もしナニが始まったら…堪ったもんじゃねえしな。」
「…ああ、お前は聞いた事があんだったな。」
「れいちゃんの声…マジで良いぞ…。」
玄関で話し込んでいると、斎藤さんが隊士を従えて戻ってきた。
「斎藤!」
原田さんが斎藤さんを呼び止めると、軌道を変えて近寄ってくる。
「出かけたのでは無かったのか?」
「ああ、一回出て、引き返して来た。」
「お前に、愛のこもった贈り物を持って来てやったぞ。」
「…?」
斎藤さんが怪訝そうに眉を潜めて二人を見る。
「部屋にあるから、すぐに見てくれ!」
「じゃ、また行って来るから、後は頼んだ。」
ニヤニヤ笑いながら言う永倉さんと、少しだけ真面目そうな視線を向けてくる原田さん。
二人が何を言っているのか、表情からでは全く分からずに首を傾げる。
しかし、今は市中警護で流した汗を、風呂で綺麗にしたい。
斎藤さんは、二人の贈り物が、またどうせ下らない悪戯だと判断して、先に風呂へと向かった。






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