お母さんが溜息を吐いて、煙管を咥える。中に煙草を詰めようとして、それを止めて吸う真似だけをすると、小さく首を振った。
「あんた、今まで何していたんだい?」
「京で、髪結い処を営んでいました。」
「誰と?」
「一人で。」
「一人で・・・!?」
「はい。」
呆れたような、感心したような長い溜息の後、再び問いかけられた。
「その相手の男とはどこで出会ったんだい?」
「京です。」
「じゃ、京に行ってから出会ったんだね。」
「はい。」
「じゃ、今も京に居るのかい?」
「多分。」
「どこのどいつだい?」
れいの肩がピクリと揺れる。
お母さんはそれを見て、肩を竦めた。
「誰なのか言えない様じゃ、ここで働かせるわけにはいかないね。」
れいが泣きそうな顔でお母さんを見上げてくるが、お母さんは鼻を鳴らして顔を背ける。
「新選組の・・・・・・人です・・・。」
「新選組って・・・・・・。」
新選組の評判は江戸にも届いている。人斬りの集団だと言うことも、素行の悪さも、幕府の為に戦っていることも、今まさに戦火の中に居ることも。
「何だって、そんな危ない人らのところに!?」
「危なくないです!噂ほどに危険な人など居ません!それに、あの人はとても優しい人です!!」
れいがお母さんをキッと睨んで反論すると、お母さんがニヤリと、人の悪い笑みを見せる。
「その優しい人と、何で別れたんだい?」
「身分が・・・違いますから・・・・・・。」
「身分ねぇ・・・。」
お母さんがれいを見つめて、何度か頷く。
「それで、あんた、身を引いたってわけかい?」
「・・・はい。」
「全く、馬鹿だねぇ・・・。新選組なんて、所詮は元は平民だろう?身分を貰う前に嫁いじまえば良かったんだよ。」
「いえ・・・・・・、元々の武士の人ですから。」
「そうかい。それじゃ、仕方ないねぇ。」
吸殻入れを置いてある小さな卓に手を乗せて、指で弾く。
「しばらくって、いつまでだい?」
「旅費が貯まるまでです。」
「旅費って・・・。またどこかに行くのかい?」
「はい。祖母の実家に・・・。」
おにぎりを食べるために包みを開けたら、母からの手紙が入っていた。
もし、子を産むつもりなら・・・、祖母の実家に行けば受け入れてくれると・・・、そのようにしておくからと・・・。
母には分かっていたのだ、自分の体調の変化と、焦りが・・・。
流石は、こんな自分を育てて慈しんでくれた人だ。
それでも、手紙を読んだ時は、まだ自分の中で否定する部分もあったが、ここに来て、肝が据わった。
「農家ですから、人手はいくらあっても足りないと思います。」
「そうかい。」
お母さんが卓を弾く指を速めながら、しきりに考え込んでいる。
「悪阻は?」
「焼き魚と、煙管くらい・・・?まだ、そんなに分からないです。」
「そうかい。でも、お前は貧血を起こすからねぇ・・・。」
「あの、無理しなければ大丈夫ですよ?実家でも、のんびりしている日は平気でした。」
「そりゃ、当たり前だよ。」
お母さんが呆れて言う。
「妊婦の初期は、あまり無理はしない方が良いんだよ。」
口に咥えた煙管を器用に動かしながら、れいの方をじっとりと見つめる。
「妊婦なんて、あんまり使えないじゃないか。髪結いとしての実力と、これまで築いてきてくれた信頼がなきゃ、こんなことはしないんだよ?」
「・・・・・・じゃぁ・・・?」
「いいかい、本当にお金が貯まるまでだよ!」
「あ、有難うございます!!」
れいは再び、床に額が着くほどに頭を下げてお辞儀をした。
お母さんが苦笑交じりに笑うと、煙管を口から放した。
「全く・・・、あんた、子供を始末することなんか、一切考えなかっただろう。」
「始末・・・?」
「思いつきもし無かったってことかい。」
そう言えば、子供が出来たかもしれないと考えたときも、否定はしたけれど、出来ていた場合はどうやって育てようとか、二人で生活するためには何をすれば良いかとか、そんなことばかり考えていた。
斎藤さんの愛の証が、実際に目に見える形で自分の中に芽生えたのだ。それを葬り去るなど、考えられるわけが無い・・・。
「そんなに、良い男だったのかい?」
お母さんが優しく聞いてきて、れいは満面の笑みで頷いた。
「はい。そりゃぁもう、すっごく良い男ですよ!」
「見せてもらいたいもんだね。」
「ふふ、見せられたら良いですけどね・・・。でも、お母さんは面食いですから、違う人を紹介します。」
女は、母になると強くなる。
自分も、もっと強くなって、絶対に斎藤さんからの愛の証を守り抜こうと、そう決意した。




鳥羽伏見からの撤退後、新選組は船で江戸へと戻る。
戦火の中井上さんを、船の中で山崎さんを亡くし、一同心の中に不安や憤りを抱えながらの帰郷となった。
近藤さんの復活を迎え、甲府へと出陣するのはもう少し先、そこで待ち受ける現実を、少しずつ予感しながら船は進んでいく・・・。






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