斎藤さんが土方さんの部屋を出ると、待っていた永倉さんと原田さんが飛び出してくる。
隠れていたつもりだろうが、身体の大きな二人は、全然隠れていない・・・。
「おいおいおい!どういうことだよ!」
「何でれいちゃんが帰っちまうんだよ!」
「平助の話だと、襲撃にも毅然と対応してたって、しかも平助の心配までしてくれたって言ってたじゃねぇか。」
「それが、ろくな女じゃねぇわけねぇじゃんか!」
足早に去っていく斎藤さんの後を追いながら、二人が早口で捲くし立てる。
「また、土方さんが何か言ったんじゃねぇのか?」
「ああ、在り得るな・・・。」
「その手紙、見せてみろ!」
永倉さんが、斎藤さんの手に握られている手紙を奪い去る。
「それは、俺に捨てておけと命じられた物だ。」
斎藤さんが睨みつけるが、原田さんが永倉さんが広げる手紙を見つめながら肩をすくめる。
「斎藤、土方さんの命令、きちんと聞いていたか?」
「ああ。」
「じゃ、分かるだろう。あれは、言外に「読め!」と言ってるんだよ。」
「はぁ!?マジかよ・・・。」
永倉さんが原田さんの言葉に驚いて顔を上げる。
「お前、分かってないで読もうとしてたのか?」
「そんなん、許可が無くたって読むに決まってんじゃねぇか!」
ぐしゃぐしゃに握りつぶされた手紙を開いて皺を伸ばす。
そして、文面に目を通し始める二人を見て、斎藤さんが足元に視線を落とした。
色々なことが、あまり理解できない・・・。いや、しよとしていないのかもしれない・・・。
こんなことで心が停止してしまうとは思っていなかった。
「これ・・・・・・は・・・。」
「うわぁ、斎藤、お前・・・・・・読め。」
永倉さんの手から手紙を奪い取り、原田さんが斎藤さんに押し付けてくる。
「いや、俺は・・・・・・。」
「いいから、読め!副長命令だぞ!」
原田さんの苛立った声に後押しされて、押し付けられた手紙を受け取り、読み始める。
短い文章で綴られたその手紙は、何度か読んだ密書と同じ字で、簡潔に述べられていた。
そこに、深い愛情を感じて、斎藤さんは手紙を手にしたまま走り出した。
れいはもう京には居ない・・・。
その事実が、事実として頭に入ってこようとする。しかし、それでも心までは届かない・・・。
心まで届かせるために、ひたすら走った・・・。
走り去る斎藤さんを見送り、原田さんが廊下の柱に凭れ掛かる。
永倉さんも原田さんを真似て、壁に凭れ掛かり、溜息を吐いた。
「れいちゃん、最高に良い女じゃねぇか・・・。」
「ああ。」
「けどよ、斎藤の事を本当に考えてんなら、なんで傍に居なかったんだよ・・・?」
「新八ぃ、お前手紙読んでなかったのか?」
「読んだよ。でも、何で悪者になる必要があるんだよ・・・・・・。」
「斎藤に諦めさせるためだろう?」
「あんなんで、斎藤が諦めると思ってるってのか?」
「俺に聞くなよ・・・。」
「そうだよなぁ〜・・・・・・。」
永倉さんが頭の後ろで両手を組んで、はぁ・・・と溜息を吐いた。




「土方さんへ

この手紙が届く頃には、私はもう江戸に着いていると思います。
今まで本当にお世話になりました。
これまでのご恩、一生忘れません。
斎藤さんには、この事は伝えていません。
ただ、れいは江戸に逃げ帰ったと、そうお伝えください。
そして、出来るならば、私という女がどれだけ最低でどれだけ身勝手かを、お伝えください。
真の武士でありたいと願う斎藤さんの傍に居るのが私ではいけないのだと、もっと早くに気付くべきでした。
これだけ長く関わることになるとは思っていなかった油断が招いた結果だと、自分を戒めています。
どうか、斎藤さんに相応しい縁談をお勧めください。
最後の最後に、こんな下らないお願いをして、申し訳ありません。
斎藤さんがもっと他の素晴らしい女性に出会えるように願っています。
土方さんも、新選組の皆さんも、少しでも長く生きて、自分の誠を貫いてください。
れいはいつまでもいつまでも、皆さんを応援しています。

田嶋(旧姓柴田)れい」




乱れた呼吸を整える間もなく、目的の一軒の家まで辿り着いた。
家の扉を開けると、人が住んでいない、埃と湿気の篭った匂いがしてくる。
これだけで、もう居ないのだと・・・・・・、現実味が沸いてくる・・・。
家に入り、所々残されている調度品を一つ一つ確認してまわる。
火を入れられなくなった竃、ご飯を炊かれなくなったお釜、何も茹でられない鍋に、置かれたままの包丁やまな板・・・。
食器もそのままで、本当に身一つで帰ったということだ・・・。
しかし、ここにはれいの大事な商売道具が何一つ残されていない・・・。
店のほうに回りこんでも、そこには何も無い・・・。
髪の毛をかき集めるための箒があるくらいだ。
居間に戻り、卓の前に座り込む。
ここに来れば、いつでもあの笑顔が出迎えてくれた。
来られない日の方が多くて、いつでも寂しい思いをさせていた。
どうせなら、そんな自分を見限って、他の男に走ったと言われたほうが良かったのではないか・・・・・・。
ふと、卓の上の白い布が気になった。
色々なものを置きっぱなしにされているので、これもその一つかと思ったが・・・、いつも卓の上には何も無いことを思い出す。
そっと手に取ると、中身がふわっとしている。
布で何かを包んでいるようだ。
それが何なのか気になり、包みを開く。
そこには、紐で括られた髪が一束、そしてその上に書置きが残されていた・・・・・・。
布の端にも、見覚えのある桜の刺繍。
再び、今度は刺繍が見えるように髪を包んで、胸に掻き抱いた。
胸が苦しくて、言葉がなかなか出てこない・・・・・・。
「・・・・・・ああ・・・・・・。ただいま・・・・・・。」
やっとのことで搾り出して、そっと家を後にした。
書置きに記された言葉で、れいがどれだけ自分を思ってくれていたのかが分かった気がした・・・・・・。
ならば、れいの思うとおりに生きるわけにはいかない・・・・・・。
今度は自分が言う番になる。
そう心に決めて、屯所への帰り道を急いだ。




「おかえりなさい」






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