その頃京では、新選組屯所にやっと少しだけ訪れた静寂の中、盛大に溜息を吐く人物が居た。 土方さんだ。 近藤さんが狙撃されてから数日が経ち、皆の不安も落ち着いて来た頃。 土方さんは、一枚の手紙を握り締めて顔を顰めた。 「副長?」 外から声がかけられる。 卓に肘を着いて、そのまま入るように促すと、斎藤さんが部屋の中に入ってくる。 その後ろに、永倉さんと原田さんの姿がチラリと見えて、慌てて隠れていく。 様子を伺っているのだろう…。 遊廓から手紙が届く事は、これまでもあった。 しかし、その度にああして、こっそりと伺ってくるのだ。 何が面白いのやら…。 「はあぁぁ〜!!」 自然と、溜息が酷く大きくなる。 「副長、話とは…?」 斎藤さんが促すと、土方さんが斎藤さんを眺めて、何とも言えない微妙な表情をする。 憐れんでいるやら、呆れているやら、悩んでいるやら、困っているやら、表情の中に沢山の感情が込められている。 「副長、俺からも話が…。」 「待った!」 額に手を当てて、空いた手で斎藤さんを制する。 「お前、あれだ…。この大変な時期に、女の話なんかするんじゃねえぞ?」 「…。」 「近藤さんが撃たれて、今ここには居ないんだ。お前がここを離れるなんて、許される訳無いだろう。」 「…何故、そのような話だと…?」 じっとりと見つめられて、土方さんが手元の手紙に目を移す。 斎藤さんがそれを見て、土方さんに視線を戻す。 「その手紙は?」 「ああ、お前には関係無い。」 「ならば、一体何用ですか?」 斎藤さんが、少しだけ不機嫌そうに聞いてくる。 さっきの話と言うのが、想像通りだったとしたら、先に拒否されて不機嫌なのだろう。 益々、言いづらくなる…。 「単刀直入に言う。」 「はい。」 「れいはもう居ない。」 「………は?」 「あいつは江戸に帰った。」 斎藤さんが、土方さんの話を理解できないようで、呆然と見つめている。 「俺も、こんなことは言いたかねぇが・・・・・・。」 肘を卓に戻して、頬杖をつく。 何だって、こんな事に貴重な時間を割かなければいけないんだか・・・。 眉間に寄せすぎた皺のせいで、少し痛むほどだ。 「あの女は止めておけ。ろくなもんじゃねぇ。」 「・・・・・・副長・・・。」 斎藤さんが声に怒気を含ませて囁く。 しかし、土方さんはそれに怯むことなく言葉を続ける。 「お前を置いてとっとと逃げ出すような女が、良い女なわけがねぇだろう。大体、お前は遊ばれてたんだよ、それに気付きもしねぇで・・・・・・熱上げやがって・・・・・・。」 言葉が尻すぼみになる。 斎藤さんが土方さんを睨みつけている。眼光の鋭さに、溜息が毀れる・・・。 「そう睨むなよ・・・。」 「いえ、元々こういう目つきです。」 「っはぁあああぁぁぁぁ・・・。」 こんなことを突然言われて、納得出来るわけが無い。真面目一辺倒の斎藤さんに何を言っても、自分で確認するまでは認めないだろうことが分かる。 「これは・・・、言わないでおこうと思ったんだが・・・・・・。」 斎藤さんの返事が無いことを気にせずに、そのまま言葉を続ける。 「身分の無い未亡人を妻や妾になんて、娶れるわけがねぇだろう・・・。」 「・・・・・・。」 斎藤さんの膝の上の拳が、ピクリと動く。 「未亡人だろうと、身分があれば別だ・・・。身分が無かろうと、未亡人じゃなけりゃ別だ・・・。だが、あいつは身分もなけりゃ、未亡人なんだ・・・・・・。ケチのついた女を嫁に出来るほど、世の中甘くねぇんだよ。」 「ならば、妻も妾も必要ない。」 「それだけじゃねぇ。あいつは、子も産めない・・・。」 「子など、養子を引き取れば良い。局長もそうしている。」 「はあぁぁぁぁぁ・・・・・・。」 土方さんが再び溜息を吐く。 そして、斎藤さんを睨みつけるように見つめて、手の中の手紙を斎藤さんへ放り投げる。 「おめぇがそんなだから、れいが江戸に帰っちまうんだよ・・・。」 「俺が・・・?」 頭をぐちゃぐちゃと掻いて、斎藤さんの手前に転がった手紙を指差す。 「その手紙、捨てておけ。良いか、俺は捨てておけと言ったんだ。だから、その前に見ようが読もうがお前の勝手だが・・・、俺はその手紙の通りにしたからな!」 「・・・・・・は?」 「この話は終わりだ!もう戻れ!」 「しかし・・・。」 「それから、斎藤・・・。」 「・・・・・・。」 「自分の目で確認する時間をくれてやる。特別だ。大事な時に女のことで頭一杯にされちまったら適わねぇからな。」 斎藤さんが手紙を手に取り、立ち上がるのを確認する。 少しだけ足取りが普段よりも迷いがあるのを見逃さなかった。 斎藤さんの事だから、すぐに自分の心の整理がつくだろうとは思うが・・・・・・、見ていて気持ちの良いものではない。 部屋を出て行く斎藤さんに、二つの足音が近づく。 それを部屋の中で聞きながら、もう一度溜息を吐いた。 ただ身分が違うというだけで、思い合う者同士が結ばれることが許されない・・・。 それは、身分が違うだけで武士になれなかった昔の自分を少しだけ思い起こさせる。 しかし、自分は武士になった。 本人の思いと行動だけで、願いは叶うのだ。 斎藤さんがどう動くか、見てみたい気持ちもあったのだろう。 「やっぱり、余計な事、言っちまったか・・・?」 身分のことは、自分で気付くまで黙っていて欲しいと、言われたのに・・・・・・。 「いやしかし、あいつはそういうことに無頓着だから、気付くまで待ってたら、一生が終わっちまう・・・。」 自分に言い聞かせるように、呟く。
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