手紙
「この、大馬鹿者がー!!」 耳に、頭に、キーンと響く怒鳴り声。 部屋中がビリビリと揺れた様に感じた。 あまりの音量に、子供達がひいぃっ!と小さな悲鳴をあげた。 「うるさい!ゆきちゃんとかずが泣くでしょ!」 抱きついて来る姪っ子を庇って、睨みあげる。 「親に向かって、うるさい!とは何だ!!大体お前はなぁ!」 「も、後にしてよー。頭痛い…。」 掛け布団を頭まで引き上げると、父がそれを引き剥がそうとしてくる。 そんな父の手を、母がしっかりと握りしめて止める。 「お父さん、本当に後にしてあげて。また貧血起こして寝てる所なんだから。」 「またって…。」 「また、でしょうが!」 布団の上から叩かれて、何も言えなくなる。 抱きついて一緒に布団に入り込んで居る姪っ子がケラケラと笑い出す。 「まったく、五年も音信不通で、ひょっこり帰ってきたと思ったら、貧血起こして倒れるなんて…。」 「面目ないです。」 「お父さんが心配して、当たり前です!」 「俺は心配なんかしてない!」 布団から顔を出すと、呆れた顔の母と目が合う。 「向こうのお母さんがね、あんたが出てってすぐに手紙をくれたのよ。」 夫の母の事だ。 「あんたには悪い事をしたって…。息子の気分を害さない為に言ったけど、あんたが悪いんじゃないって本当は分かってたって。」 れいは思い切り溜息を吐いた。 今更そんな事を言われたって…。もう、何とも思っていない。何も言わずに出て行った事を、謝りたいくらいだ。 ああ、そうか…。 自分はまた、同じ事をしたのか…。 なんて成長しない女なんだろう…。 「でも、よく私が生きてるって思ったね。私、てっきり仏壇くらいあると思ってた。」 「あんたに、死ぬ様な可愛げが有るなんて思ってないわよ!」 母がザックリと言い捨てる。 そうだった、そうだった。こうゆう母だった…。 懐かしくて、嬉しい。 「お前は、これからどうする気だ!」 父が、相変わらず威圧的な態度で言ってくる。 「どうするって?」 「この家には、お前の場所は無い。」 狭い家に、家族六人で暮らして居るのだ。場所がない事くらい、分かってる。 「良いじゃない。六人も七人も変わらないわよ。」 「いや、俺はまだ許していない!」 「そんな事を言うから、またこの子が出ていくんですよ!本当に、向こう見ずで考え足らずで勢いだけで飛び出していくんだから…。」 母の言葉が耳に痛い…。的確に自分を表現されている。さすがは親だと思う。 「また、嫁にやるしか無いな。」 父が腕を組んで考え始めるのに、即座に反論する。 「それだけはヤダ!」 「ヤダとはなんだ!お前の事を考えてるから言ってるんだろう!」 「一人で生きて行くから、ほっといて!」 「親に向かってなんて言い様だ!!」 「ほらまた、そうやって…。」 「お前なんか、勘当だ!今すぐ出ていけ!」 「一体何度勘当すれば気が済むんですかー!?」 「良い加減にしなさい!」 母の怒鳴り声で、一気に場が静まる。 そして、布団の中からまたキャラキャラと笑い声がしだす。 「ゆきちゃんも、出てきなさい。お姉ちゃんはまだ寝かせてあげないとね。」 「やだ!れいちゃんと一緒に居る!」 「じゃ、大人しくしてなさいね。」 「はぁい!」 姪っ子が布団から顔を出して、れいにまた抱きついた。 家に着いてから、ずっとこの調子で抱きつかれている。 三歳だった姪っ子が、何時の間にか八歳になっていた。自分を覚えていて、すぐに抱きついてきてくれた事に感動して、泣きそうになったくらいだ。 父は、母に促されて部屋を出て行った。 甥っ子はまだ零歳だった。覚えていないのは無理もない。少し離れた場所で伺っている。そして、母の後を追いかけて逃げて行った。 姉夫婦は仕事に出ていて、今はまだ居ない。 実家は、小さな仕立て屋を営んでいる。あまり利益は無いが、家族五人で暮らすくらいは余裕が持てていた。 しかし、不況や不作が続き、段々と生活が苦しくなっていき、一番健康だった自分が、奉公に出たのだ。 一番健康な自分でさえ、夏場は数度貧血で倒れるのだ。姉も妹も、もう少し身体が弱い。 大人になってからは強くなったらしいけれど、それでも子供の頃からの癖で、すぐ心配をしてしまう。 これからどうしようか…。 姪っ子の頭を撫でながら考え込む。 実家の迷惑にならない様には、どうすれば良いか…。 廻り髪結いとして出入りしていた吉原の遊廓に、もう一度雇ってもらうか…。それとも、京みたいに家を借りて髪結い屋を開くか…。 どちらにしても、また一から始めなければいけない…。 年内に無事に実家に着けて良かったと思う。 父をやり過ごせば、お正月明けるまでは居させてもらえるだろう。 けれど、それ以上はお世話になるつもりは無かった。 自分が居ては迷惑になる。義理の兄も遠慮をしてしまうだろう。 それは悪い。 何とか、一人で生きて行く方法を考えなければ…。 何時の間にか、寝息を立てている姪っ子を見て、離れ難く思う。 けれど、狭いこの家に、居つくわけにはいかない。 自分は手に職を持っているのだから…、京でも出来た様に、一人でやっていけるはず…。 目を閉じて、姪っ子の温もりを感じる。 斎藤さんの事をなるべく考えない様に、いろんな事をグルグルと考える。 そして、眠りにつく。
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