世界は喜びに満ちている  new!

約束なんていらない
貴方を縛るだけたけだから

見返りなんていらない
ただ支えていたいだけだから








『カタッ』
土間の入り口が開く音で目を覚ます。

ん…わたし寝ちゃってたんだ…。

暁の、星がまだ西の空に微かに輝く明け方。

障子の向こうからは今日という日の始まりを知らせるように薄らと明りが差し込む。


「…総司くん?」

「彩花、お起こしちゃった?」

「ん…お帰りなさい、総司くん」

くっつきそうな瞼を剥がすように目をしばたかせて見れば、いつものように、にこりと微笑む総司くん。

「…はい。
まだ寝てていいのに…もしかしたら起きて待っててくれたの?」

「そのつもりだったけど寝ちゃってた」

わたしは、はにかんで照れ笑いをしながら身を起こした。

昨夜遅くなっても帰らぬ総司くんを待って柱に持たれて寝てしまっていた。

「…暮れ五つに戻らない時は、先に寝ててといつも言ってるのに」

「うん、わたしが勝手に起きているだけだから、総司くんは気にしないで、ね?」

総司くんは困ったように眉根を寄せて視線を外してから、わたしを見て少し嬉しそうに笑った。
わたしもにっこり笑みを返す。


「総司くん、お腹すいてない?ご飯にしようか?」

「もう、彩花はもう少し寝てればいいのに……。
でも、本当はお腹ぺこぺこです」

「ふふ、じゃあすぐに支度するね」



わたしは龍馬さんの計らいで寺田屋を出て、さる商家の離れの家を借りている。

正しくは総司くんと二人で……

総司くんはここからほど遠くない屯所に通う。

ままごとみたいな二人の生活。

でも総司くんと一緒に居られるだけでわたしは充分だった。

幸せを確かめるように、ご飯の支度をしながら総司くんの様子をそっと盗み見る。
刀を刀台に置いているいつもの後ろ姿に安堵する。





外から帰ってきた時「おかえりなさい」とわたしは必ず声をかける。
でも総司くんの返事は決まって「はい」か「ええ」


それが、とっても寂しい……


わたしがいたところでは「おかえり」と言ったら「ただいま」と応えるのが挨拶なんだよ。
と話したら
「戻りました」とか「ただいま帰りました」とは使いますよ。といつものようににこやかに教えてくれた。
それは以前龍馬さんにも教えてもらったことがある。
でも総司くんに帰って来た時に言って欲しく遠回しに促したつもりだった。


総司くんにとって帰る場所はここじゃ…
わたしじゃないのかな…



深く知るほど底の見えない総司くんの心。

かろやかで優しく、いつも笑みを絶やさないでわたしを好きだと言ってくれる貴方。

一緒にいれば、心がぽかぽかとしてとても満たされる。
貴方の他に何もいらない、ひっそりと二人寄り添っていれればそれでいい。
でも……

一人になった途端。言いようのない寂しさに襲われる。
すぐ背後にじわりじわりと闇が迫ってくるような焦燥感と共に。
足元に広がる真っ暗な深淵に落ちないように何かに縋り付きたくなる。



「角の紫陽花が咲きましたね。この前一緒に行ったお寺も丁度見頃でしょう。今度非番の時に……」

わたしが隣に来るのが待ちきれない、と言うように少し大きめの声で話し始める総司くん。

「…で、その時平助くんなんて言ったと思います?……」

次々と色々な話をしてくすくすと笑う彼。


……総司くん…
昨夜は、もしかして…



彼と暮らして気が付いたことがある。

総司くんは、人を斬ったあとは妙に饒舌でいつも以上に優しくなる。
屯所で湯を使い、着替えて帰ってくるから外見ではわからないけれど。


「ふふ、さあどうぞ。召し上がれ」

気付かぬふりをしてわたしも彼に合わせてニコニコと笑い、お膳を運ぶ。

あれ?
総司くんの襟足に黒い点がついてる。
ホクロなんてなかったし、ゴミかな?

「総司くん、此処何かついてるよ……きゃっ!」

不用意に彼に伸ばしたわたしの手はバシリと叩かれた。

「あっ、ごめん…。彩花」

気まずそうに視線を畳へ反らし、襟足を手で擦る彼に確信した。
――こびりついた返り血だ

「ううん!急にびっくりしたよね。
わたしお茶淹れてくるね」

わたしは固まってしまった空気を動かすように慌てて立ち上がった。



そして
そんな時は人に触れられるのを極端に嫌がる――



前に一度だけポツリと漏らしたことがある。
人を斬ったあとは人が怖いと……


本当はそんな時こそ抱き締めて辛い気持ちから救ってあげたいけれど、それは所詮わたしの自己満足でしかないように思えてしまう。

「ご馳走様。美味しかったです。
彩花、早くこっちに来て」

「もう、今お茶持っていくから待ってて」

他愛ない話で笑いあい。
共に在る喜びを分かち合う。
ちくんと少しだけ胸の痛みを抱えたまま。


わたしの所に帰ってきてくれるだけでいい。
そうしてただ寄り添って年をともに重ねたい。


約束も見返りもいらない
でも一つだけ欲しいものがある。
「ただいま」のことばを貴方から聞きたい。


貴方の心に
新しい風を吹き込むことの出来る日を信じて――















―――――――――


(あとがき)


私なりの総司くん像です。

若い二人はお互いに気遣い、心の深いところに一歩踏み込むのを躊躇してしまうのではないかと……
でも徐々に真に寄り添えたらいいな。

甘味にならない暗いお話でオッキーナの皆様ごめんなさい。
題名は逆説的に沖田くんの印象的な言葉から



沖田くん同盟発足&追悼企画参加作品です。


(2012.6.14 執筆)


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[mokuji]






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