◆空に放つは幾千の
new!
「晋作さん?」
「おぅ!彩花もここに座れ」
廊下の縁にどかりと座り、首だけをわたしのほうにグルッと向けてご機嫌な様子。
「ふふ、何見てたの?…あ、菖蒲?」
隣に座りながら同じ目線で庭を眺める。
爽やかの風が通る庭先には鮮やかな緑と凛とした紫。
「ああ、それもだが空を見ていた」
ニッカリ笑って青い空を見上げる。
青のグラデーションは遠くの山の稜線に近づくにつれ白く霞み。わたしたちの頭上には一番色濃い青。
そこには柔らかな絹を流したような透ける雲。
「綺麗だね…」
遠くまで広がる空。
深呼吸をすると、少しだけひんやりした風。
その時、視界の端で黒い何かが走る。
「晋作さん、ツバメ!」
「もう、そんな時期か…」
お互いツバメを追っていた目がふっと合い思わず笑みがこぼれる。
あれから一年……。
晋作さんと思いを通わせたのはちょうど一年前。
「オレの女だっ」
なんて威勢のいいことを言うけど肝心なところでスルリとかわす晋作さん。
そんな晋作さんを捕まえて初めてキスをしたのは結局わたしからだった。
明日、廿九日が二人の記念日――
あの日も二人でツバメを見たね。
「晋作さん、後で巣を見に行こう。きっと昨年と同じところに作ってるよ。
雛かわいいだろうな〜」
「ツバメが巣を作る家には福が宿る。彩花が教えてくれたな」
「そうだよ!幸せを運んでくるんだよ」
「なら、彩花はオレにとってのツバメだな!
お前がいてオレに…いや、この長州藩邸に幸せな風が吹いた」
「大げさだよ。晋作さん」
「大袈裟なもんかっ!」
むきになる晋作さんが可笑しく、クスクス笑えば「笑うなっ」て焦った顔で益々むきになる。
そんな晋作さんに自然と頬が緩んでしまう。
「…なぁ彩花、なんならオレたちもそろそろ雛を抱くか?」
「え…」
そ、それって…
にやりと笑って言ったかと思えば、途端に晋作さんはわたしの顔を優しい表情で見つめてきた。
――心臓が小さく跳ねる。
普段のからかうような素振りはなく。
二人に流れるほのぼのした空気がガラリと色を変える。
晋作さんは本当に自分のペースに持ち込むのが上手いな…
なんて頭の片隅で考えいると
「彩花…」
片手を床につき、少し屈むように覗き込まれた。
晋作さんの指がゆっくりとわたしの頬を滑る。
ゴツゴツとしたその指先は彼の心と同じように思いのほか繊細で
微かに彼の指が掠めた唇に余韻が残る。
「…彩花」
意志を宿す力強く輝く瞳を今は切なげに僅かに伏せて…
弧を描く綺麗な睫毛が揺れるのを目にするだけで、わたしの胸の奥はつられるように熱くなる。
コツンと合わされた額。
晋作さんの陽に焼けた柔らかな前髪とわたしの前髪が交じりあう。
お互いの髪が絡み合い、どこからがわたしなのかわからなくなる。
触れた額から熱を交換しながら互いの温度が上昇していった。
「…彩花、」
熱い吐息がわたしの口腔に降り掛かる。
鼓動が胸一杯に広がって肺を圧迫しているように呼吸が上手く出来ない。
まだ名前しか呼ばれてないのに
触れられているのは額と頬だけなのに
わたしの全身は熱に浮かされたように熱く燃え始め。
下肢はじわりと湿り気を帯びる。
「…んっ、晋作さん」
わたしは焦れるような思いとは逆さまに、痺れる躰を持て余し、身を捩って逃げようとした。
躰を支えるのについた手の上に掌を重ねられ、それだけで縫いとめられたように動けなくなった。
重なる指先から流れ込むように熱が交換される。
一年前のあの日から、何度も共に朝を迎えているのに
名前を切なげに呼ばれるだけで…
色を含んだ眼差しと目が合うだけで…
「…………」
吐息と吐息が交ざり合う。
晋作さんはどこをとっても女のわたしとは違っていて、吐息一つも男らしく
一緒にいるといつもわたしは女なんだって意識させられる。
「…晋作さん」
わたしの心も躰も貴方に向かって深く流れ込む――
一年経っても…
ううん、いつまでも色褪せることのない貴方へのときめき
ずっと、一緒に……
麗らかな皐月の昼下がり
わたしの世界は
貴方で染まる―――
了
―――――――――(あとがき)
艶っぽい晋作さんが書きたくて…
晋作さんが男の色気全開で迫ってきたら誰も逃げられないと思う。
若干いちこには濃すぎるケド…(笑)
晋作さんLove!
晋作s'Bar企画 参加作品です☆
お題サイト:反転コンタクト
(2012.5.28 執筆)
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[mokuji]