温もりに包まれて  

「う〜ざぶい…」

今日は晴れているとはいえ、京都の冬は凄く寒い。
わたしは長州藩邸の自室で火鉢を抱え込むようにしている。

は〜床暖が恋しいー。

日本家屋は隙間風が入るし、硝子なんてないから直接外の空気が入り、どうしたって冷え込む。
そして下からの冷気が半端ない!
足がかじかんじゃうよ。

冬の道場の板の間も本当に寒かったけど、京都の冬は半端ないと思う。


スパーッン!!
勢いよく障子が開いた。


「…晋作さん…」

開け放たれた障子の向こうから、冷気と共に晋作さんがやってきた。
弱々しく名前を呼ぶわたしを余所に元気良く晋作さんは告げた。

「あみ!どうした!?」

「…どうって…、だって寒くて」

「たくっ、冬が寒いのは当たり前だ!そんな風に丸まってるから寒いんだっ。
出掛けるぞ!」

「え、えっ!やだよー、外はもっと寒いよー!」

「行くぞ!」

嫌がるわたしに構わず、結局外に連れ出されてしまった。







キンっと頬を射すような空気に包まれる。

確かに引き締まるような冬の空気って澄んでいて気持ちがいい。
川の水面(みなも)もお日様を反射してキラキラととっても綺麗。
でも……

「ざ、ざぶい……」

吐く息の白さも濃く、冬を実感させられる。
冬枯れの鴨川のほとりを晋作さんと歩く。
それにしても、晋作さんいつもこんな薄着で寒くないのかな?
晋作さんはいつもの隊服で颯爽と風を切って歩く。
私はその後を羽織に襟巻きといった格好でのそのそ付いていく。


どこに行くんだろ?

くるりと晋作さんが振り返った。

「ん?あみ…見慣れぬ襟巻きだな」

「これ?この前大久保さんが来た時にくれたんだよ。近頃寒いからって」

「…………」

わたしが得意そうに言うと、じっと襟巻きを見つめ、何も言わず思案しているような晋作さん。
肌触りがよくて、わたしでも上等の品だってわかる大久保さんがくれた襟巻き。
寒さを防ぐには一番で、近頃お気に入りで手放せない。

「………よし!走るぞ!あみ」

「えっ!…急に…なんで」

「旨いもの食わせてやるから、はやくこいっ」

言うが早いが晋作さんは駆け出した。

「ま、待ってよ〜〜」

この寒い中走るなんて…。そういえば部活では、よく走ってたっけ。

う゛裾が絡んで走り辛い。

「どうしたあみ!走るのは得意なんだろ?」

とたとた走るわたしを前方の晋作が揶揄する。
顔だけ振り返りながら晋作さんが不敵に微笑む。

今鼻で笑ってたよね!?
くっ〜!負けてなるものかっ

わたしは裾を軽く摘んで本気で走りだした。

マントを翻して仔犬のように走る晋作を全速力で追いかける。


走る 
 走る
  走る――!


すれ違う人たちが何事かとぎょっとした顔でわたしたちを見るけど構ってはいられない。

何度も晋作さんは振り返り

「どうしたあみ!」

なんて大声で呼ぶから、わたしは一層ムキになって駆けた。

わたしたちはまるで追い駆けっこみたいに走った。
なんか楽しくなってきて夢中で晋作さん目がけてスピードをあげる。
わたしを見る晋作さんの笑顔も水面に負けないぐらいキラキラと輝いて、とっても楽しそう。

川を行く船を追い越し、袖をはためかせ、冷たい風を開きながら息を切らして晋作さんへ――

「…っ、つかまえた!」

ようやく晋作さんのマントに手を掴みかけたところで、急に立ち止まりくるりとこちらに向きを変えた。

「っわわ!」

わたしは勢いよく晋作さんの胸に飛びこんでしまった。

「お、今日は大胆だな、あみ」

晋作さんの逞しい胸に抱き止められてびっくりするけど、急に止まったから足が縺(もつ)れてそのまま体を預けてしまう。

「…、もっ、晋作さん、そんなに、走って、大丈夫、なの?」

息を荒げながら恥ずかしさのあまり咎めるようなことを言ってしまう。

「これぐらい大丈夫だ!それより温かくなっただろ?
 ん?顔が赤いぞ!大丈夫か?」

言われてわたしはますます顔が赤くなる。だって晋作さんに抱き締められてるから、なんて言えない。

抱き止められた中で息を整えるために深呼吸を繰り返す。

晋作さんはわたしからゆっくり体を離すと、乱れた裾を直して緩んだ襟元をきゅっと締めてくれる。
その過保護な仕草に呼吸は戻ったのに、心臓がいつまでも落ち着かない。

息が整ってくると、じんわり汗が背中を伝う。


「晋作さん、暑いよ」

面白そうにわたしの顔を見る晋作さん。

「寒いと言ったり、暑いといったり忙しいな!
そんな厚着してるからだ」

「あ、そっか」

わたしは襟巻きを取り、羽織を脱いで腕にかけた。
はあ〜涼しい。
襟から着物に籠もった空気が抜けてひんやりと心地いい。
冷たい爽やかな空気が細胞に行き渡るようで、体に力が漲(みなぎ)る。

わたしがそうして冬の空気を深呼吸してると腕にかけた襟巻きを晋作さんがするりと抜いた。

「これはもう必要ないな!俺が預かる」

「えっ?なんで?」

晋作さんはくるりと踵を返すとわたしの手をとり歩き出す。

「晋作さん?」


引かれるように前を歩く晋作さんの耳は心無しか赤いような……
ん、どうしたんだろう?






向かった先は川沿いにある船宿の二階のお座敷。

「美味しいそう〜」

目の前にはお鍋とお銚子。
お店に着くころは汗もひいて温かなお鍋の香りが食欲をそそる。
晋作さんは食事もそこそこにお酒を飲んでいる。

「沢山食え!」

わたしが食べる姿を嬉しそうに見ながら杯を重ねる晋作さん。

ふ〜お腹いっぱい。
お腹も満たされ、体も芯から温まり嬉しくなってしまう。

カラッ

晋作さんがもたれていた柱の横の腰窓の障子を開ける。
川とは反対側の外には大きな梅の枝が張り出されていた。

「あみ!来てみろ」

晋作さんの隣に座る。
外を覗くと梅の枝に沢山の蕾の膨らみがある。
花を綻ばせるのを今か今かと待っているようなたっぷりとした蕾。

梅の枝の荘厳さに見惚れているといつの間にかわたしの両側に晋作さんの手がついていた。
後ろから閉じ込められるような姿勢に気付き、どきんと胸が高まる。
触れられていないのに晋作さんの空気を感じる。


「綺麗だな…」

晋作さんのお酒交じりの息がわたしのこめかみを擽る。
らしくない擦れ気味の声にわたしの心も擽られる。

「あみ、今日はおとなしいな!」

急にわたしの顔を覗き込むように言う。
反論したいけど、振り返った時の顔の距離を考えて、わたしはもぞもぞと俯いてしまう。
視線は梅から晋作さんの骨っぽい大きく厚い力強い手に移り、そこから逸らせない。

いつまでもこうしていたいような、すぐに腕から逃れたいような感覚。


「また…梅が咲く頃連れてきてくださいね」

「…わかった。あみとの約束だな」

晋作さんの力強く笑った吐息が耳を掠めた瞬間。
わたしは腕の中に優しく閉じ込められた―――。


「あみ…もう寒くはないか?」

わたしはこくりと頷いた。

「いつでもあみのことはオレが温めてやる。
襟巻きなんて必要ないぐらいに」

襟巻き?

わたしは咄嗟に振り返った。
晋作さんの琥珀色の澄んだ瞳に捉えられる。
何時だってわたしは晋作さんから目が離せないんだ。

その力強い眼差しに時が止まったような感覚に襲われる。


晋作さん…





「なんだ!そんな可愛い顔して、オレに襲われたいか!」

突然がしがしと頭を撫でられる。

「も、もう!晋作さん!」

わたしは乱された髪を撫でつけながら、体中の血が集まった顔で、恥ずかしさをごまかすように軽く睨む。
見つめあったその先を、少し期待していた…なんて絶対言えない。

晋作さんはそんなわたしを引き寄せ、胡座の上に横向き座らせる。

ぎゅっと抱きしめられ、絡んだ片手はわたし手を包む。

「温かいな…」

ポツリと呟く。

「うん…」

晋作さんに包まれて、消えない熱を持て余す。



こうして二人でいれば
いつだって温かいね。
ね?
晋作さん…


そうして二人で
匂い立つ花を咲きほこらせるのを待ち望む蕾を
時を忘れて見つめていた。













――――――――

(あとがき)

記念すべき三満打をお踏みいただいたAMYさんへ捧げます。

リクエストは晋作さん
「晋作さんにいっぱいぴとぴとひっついて温めてもらいたい」でした。

ひっつく前に色々な方法で温めていましたが(笑)
ムードがあるのかないのか、果たしてわざとやっているのか晋作さん!
ちなみに女性の羽織は明治になってからみたいですね・・。
まあその辺はご容赦を!

AMYさんありがとうございました。
愛をこめて☆

(2012.2.16 執筆)

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