貴方と一緒に  

ここ長州に晋作さん、桂さんと京から移ってきて半年以上が過ぎた。

長州が幕府と戦争になって晋作さんは毎日忙しく飛び回っていた。

その戦もひと月前には終わったけれど、晋作さんの忙しさは変わらず後処理だといって奔走していた。

そしてようやく昨日私のいる萩に帰ってきた晋作さんは「暫くゆっくりできる」と告げた。

久しぶりに会う晋作さんになんか緊張するよ…。





「なんだ!彩花大人しいなっ!」

早い夕餉をいただいて晋作さんと二人菊ヶ浜を散歩している。晋作さんや桂さんの生まれ故郷の街、萩――
京とは違い海に近いこの街は戦をしていたとは思えないほど、のんびりとした時を刻んでいる。

さっきから色々晋作さんは話しかけてくれるのに、二人きりになるのは久しぶりでなんだかドキドキとして曖昧な受け答えしか出来ない…。


「彩花!寂しかっただろう!これからはずっと一緒だ」

ニカッと笑い。ガシガシと髪の毛が宙に舞うぐらい撫でられて

「わっわっ!」

と焦って頭を押さえた。

「…皆さん、とても良い人たちばかりで、大丈夫でした。街中知り合いみたいで本当に良いところですね…」

わたしはつい晋作さんの顔がまともに見られずに目を逸らしてしまう。


本当はもっと違うことが言いたいのに。
話したいことも沢山あるのに。
大切なことも告げたいのに。


――寂しかった――


そう言ってうんと甘えたいのに。


変なところで意地っ張りのわたしは気持ちが上手く伝えられずに、晋作さんからするりと身を離してしまう。

離れていて、ずっと会えなくて、晋作さんへの想いは強くなる一方だった。
こんなに人を好きになるなんて…自分に呆れ驚いた。

晋作さん――。

一日に何度もその名を呟き。戦地に赴く晋作さんを想像するだけで胸は強く締め付けられた。

怪我をしてないか。
体の調子はどうか。
ご飯はちゃんと食べているか。
困ったことは起きてないか。

何をしても上の空で、思考は同じところをぐるぐると回り、気持ちを持て余し何時だって心を晋作さんの元に飛ばしていた。

なのに実際の晋作さんを目の前にするとどう接していいのかわからなくて、顔もろくに合わせることが出来ず、話をすることも照れ臭くて晋作さんを残してわたしは浜辺を先に歩く。

ドキドキと心乱しながら早足で歩くわたしは慣れない砂浜で下駄を取られて転びそうになった。

「彩花!!」

ぎゅっと目を瞑って来るべき衝撃に耐えようと身構えた。けれど痛みの変わりにわたわたと振り回すわたしの腕ごと晋作さんの胸の中に抱き抱えられた。

「…あっ 」

閉じていた目をゆっくり開く。
逞しく力強い腕。晋作さんのお日様のような香り。少し顔を上げると日焼けした喉元と揺れるチョーカー…。
見惚れていると目の前で晋作さんの喉仏がごくりと動く――。

「彩花…」


「晋作さん………。
 〜〜〜っ!!晋作さんのエッチ!!」

パシッ!!

わたしは思わず平手打ちをしてしまった!
だって、だって///お尻を撫で〜〜……。

「ご、誤解だっ!!違うぞ彩花!。せっかく綺麗に結んであるから帯を潰さないようにと思っただけで…帯をよけたら手が下の位置に…」

「あっ…帯?」

そういえば、今日は少しでも可愛く見せたくて飾り結びにしてたっけ。

上目遣いで軽く睨むわたしと少し赤い顔で、わたしの掌が掠めた頬を押さえる晋作さん。

「オレとしたことが油断した……。さすが彩花、オレの惚れた女だ!」


わざと軽く睨み続けていると晋作さんも少し拗ねた視線を送ってくる。暫くそうして見つめあっていたけれど、どちらからともなく笑いだし、最後には笑い転げてしまった。


「うふふ…もぅ!やだぁ!晋作さんったら!」

「おっ!ようやくいつもの彩花に戻ったな!……じゃあ、もう一度やり直しだ!」

そう告げると手を引き寄せ晋作さんはふわりと優しく背中に手を回して、ぎゅっとわたしを抱き締めた。


「彩花。約束通り無事にお前の元に戻ったぞ。安心して俺のそばで笑っていろ」

わたしの心を和らげ、満たしくれる大好きな晋作さんの声が、胸に密着させた頬に直接響く。
ずっとずっと求めて止まなかったこの感触。

「お帰りなさい、晋作さん。ご無事で…」

鼻にツンとしたものがこみあげてきてわたしは最後まで言葉を言えなかった。その代わりに顔を晋作さんの胸元に鼻が潰れるほど擦りつけた。

「彩花、ずっとお前に会いたかったぞ!こうしてお前を抱き締めたかった。お前のことばかり考えていた」

晋作さんはわたしの欲しい言葉を何時だって惜しみなくくれる。
わたしの背中に廻された手により一層力が込められる。

照れてないで、わたしも勇気を出して言わなくちゃ……。

「晋作さん……。わ、わたしも凄く会いたかったです…
それに…今日は晋作さんのお誕生日でしょう?どうしても会って直接言いたくて…」

少し体を離して、深呼吸して息を整え、晋作さんの目を見つめる。

「晋作さんお誕生日おめでとう。貴方がこの世に生を受けて、そして出会えることが出来て本当に嬉しいです」

「………彩花」

目を見て告げるのは恥ずかしいけど、何度も頭で繰り返していた台詞を言った。晋作さんは真剣な顔で見つめ返してくる。
じっと見てくるけど返事はなくて…。何か思い詰めた表情をしてる。
あれっ?お誕生日って言葉がわからなかったかな……。
その瞬間

私を片手で抱き締めたまま片手でわしわしと頭を撫でられた。

「わっわっ!!し、晋作さんっ!」

「そんな真っ赤な可愛い顔して、可愛いことばかり言うな!!」

「もぅっ!髪の毛ぐちゃぐちゃ〜〜」

「おっ、悪い!彩花が可愛いすぎるのがいけない」

お日様みたいな満面の笑みで屈託なく笑う晋作さん。
あぁ、晋作さんだ…帰ってきたんだ、本当に……晋作さん大好き。もうどこにも行かないで……。

わたしは晋作さんの胸元を掴んでいた手を遠慮気味におずおずと背中に回してぎゅっと抱き締め返した。

晋作さんがわたしの髪を撫でつけ、乱れた髪を耳にかけ優しくすいてくれる。指先が首を掠め、わたしの髪を滑っていくのを感じる。優しい瞳に見守られ口から飛び出してしまうんじゃないかと思うぐらい心臓がドキドキと高鳴る。

「晋作さん……」

「彩花!見てみろ!」

わたしが名を呼ぶ声より大きく晋作さんが告げる。指差す方向を見れば、今まさに沈もうとしている夕陽――。

菊ヶ浜から毛利様の萩城に向かって夕陽が沈む。
真っ赤に空に燃やし、お城の瓦が光を受けて眩しく輝く。

夕陽がたなびく雲に反射する。赤、オレンジ、水色、アップルグリーン、ラベンダー、コバルトブルー。
雲に織り成す色とりどりの鮮やかな光のパレット。
らでん細工のように輝くうろこ雲。

「綺麗…」

綺麗なんて言葉では物足りない。
雲に映る刻一刻と移ろうオーロラのようなグラデーション。
反対側を仰ぎ見ればだんだんと青みが濃くなり小さな星が瞬き夜が始まりつつある。

晋作さんの腕の中で思わず美しい空の様に見惚れてしまった。

「俺の大好きな光景だ!彩花といつか一緒に見たいと思っていた」

夕陽を見つめる晋作さんの顔をそっと盗み見れば、精悍な男らしい顔も光に照らされキラキラと輝いている。

カッコ良すぎるよっ!晋作さんっ!

抱き締められたままなのが、急にまた恥ずかしくなってきて身動ぐ。

もぞもぞと動いていると

ちゅっ

「〜〜〜っ!」

おでこにキスを落とされた。

「彩花は可愛いなっ!今日は嬉しいぞ。祝いの言葉もありがとうなっ!」

不意討ちのキスに慌てふためくわたしを晋作さんは更に力を込めて抱き締めた。


――これからはずっと一緒だ――

晋作さんの言葉が胸にこだまする。

―お誕生日おめでとう。晋作さん、もう離れない。離れてなんかやらないからっ!――

わたしも回した腕に力を込めた。

晋作さんと二人で見たこの光景を絶対に忘れない。

薄闇に包まれるまで、そのまま二人。菊ヶ浜で穏やかで優しい幸せな時間を過ごした。


















――――――――

(あとがき)

晋作’s Barのお誕生特別企画提出作品です。
晋作さんお誕生日おめでとう〜〜♪

旅行で行った長州、萩の雰囲気を少し入れてみました。
空気感をちょっとでも感じていただけたら嬉しいです。
  

(2011.8.20 執筆)


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