【Stoic√2】writer:唯さん
writer
ト書き&セリフ:唯さん
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考えるよりも先に、体が動いた。
襖が乾いた悲鳴を上げながら、開け放たれる。
そこにある光景に、目を瞠った。
目の前には、仰向けになり僕と同じように瞠目した顔をこちらに向ける彩花さんと。
その彩花さんに覆い被さる龍馬の姿。
部屋に沈黙が訪れる。
僕の身体は金縛りにあったように固まり、声を発しようとしても咽につっかえてしまう。
僕が襖を開けてからきっとそれほど経っていないはずなのに、その間がとてつもなく長いものに思えて。
動かない身体が、出せない声が、もどかしくて仕方ない。
そんなとき、下を向いたままだった龍馬の顔が、こちらへと向き直る。
僕の姿を捉えた龍馬の口元が、にやり、と片方だけ不自然に歪んで。
その瞬間、僕の中で何かが切れた。
「貴っ様あああああ!!!」
龍馬の胸ぐらを掴み、彩花さんの上から引きずりおろす。
「お前っ、彩花さんに何をしている!!」
「わしゃなーんもしとらんよ。まあ、しようとはしたが、の。」
しれっ、とそんなことを言う龍馬に、怒りで頭がおかしくなりそうだ。
「自分が何を言ってるかわかってるのか貴様っ!!彩花さんを傷つけることは俺が許さない!!」
「ほう...」
そう呟くと、龍馬はすっと目を細めた。
「武市、おまんこそ自分が何を言うてるか、わかっとるんか?」
「何だと!?」
「彩花さんを傷つけて泣かせたんはどこのどいつじゃ!」
「っ!!...それはっ...」
怯んだ一瞬の隙に、今度はこちらが胸ぐらを掴まれる。
「おまんは彩花さんを傷つけたくないと言いながら、ただ単に嫌われたくなくて臆病になってただけじゃないんか?」
鋭い視線が、僕を射抜く。
「わしならそんなことはせん。お互いの想いを確かめ合うんに、傷つけることなんかありゃせんじゃろ。」
そしてその言葉も、
「彩花さんはまだ子供だからじゃなんじゃと言うて、おまんは逃げとるだけじゃ。その態度こそ、彩花さんを傷つけとるんと違うんか!」
僕の心を、貫いた―――
龍馬が僕を掴んでいた手を離す。
「確かに耐える強さも大切じゃ。じゃが、進む勇気も必要なんじゃないがか?」
真剣な眼差しで語りかけてくる龍馬。
僕はただ黙ってそれを聞いている。
「武士は食わねど高楊枝。しかしわしらが目指しとるんは、武士も町民も関係ない、皆が平等な世の中じゃ。おまんも一個の人間に、ただの男になってみろ、武市。」
「...?」
「据え膳食わぬはなんとやら、じゃ。」
「なっ!」
「...自分の気持ちに正直になれ、武市。」
その言葉に、もう先ほどまでの鋭さはなかった。
「好きなんじゃろ?彩花さんが。」
「ああ...だが、好きでは足りない。愛してるでも足りない。どうしようもないくらい...彩花さんを、想っている。」
「ん...そうか。」
そう呟いた龍馬の表情が和らぐ。
と、次の瞬間またにやりとした龍馬が、彩花さんの方を向く。
「っちゅうわけじゃ、彩花さん。」
「は?」
「え?」
「怖い思いさせてすまんかったのう...痛くなかったかえ?」
「え?あ、はい...え、え?」
先ほどまで座ったまま茫然と僕らを見ていた彼女は、突然の龍馬の変化に慌てふためいている。
そして僕も目の前の男の変わりようにしばし言葉を失う、が。
「龍馬...まさかお前、謀ったのか...?」
「はて、なんのことかのう?」
「とぼけるな!」
「なんじゃ、怒鳴りおって。わしゃ褒められこそすれ、怒られるようなことはしとらんぜよ。」
にしし、と今度は屈託のない笑顔を浮かべる龍馬。
「まあ、彩花さんにはほんに悪かったと思うちょる...じゃが、あんだけ大声出したら、彩花さんを探すじゃろうおまんが来ると思うての。ちいとばかし手荒な真似をさせてもろうたぜよ。」
それでもこんなに上手くいくとは、思うてなかったがの。
そう言ってなおも笑い続ける龍馬に、怒る気も失せてしまって。
ため息混じりに苦笑を浮かべるしかなかった。
「ほいたら、邪魔者退散するとしようかの。」
「ああ、早く出ていけ。」
「なんじゃその言いぐさは!さっきまで情けない面しとったくせに...だいたいここはわしの部屋じゃろ!」
「お前が自分から出ていくと言ったんだろう?僕はそれを少し促しただけに過ぎない。」
笑顔で言ってやれば、今度は龍馬が苦笑する。
「...吹っ切れたみたいじゃの。」
「ああ、どこぞのお節介のおかげでな。」
「そのお節介に感謝するんじゃな。」
「まあ...いずれ、な。」
そして龍馬は立ち上がり、襖へと手をかけた。
「龍馬さんっ!」
「お?」
その時、ずっと黙っていた彩花さんが呼び止める。
「あの、ありがとうございました!」
そう言ってぺこりと下げた頭が上がれば、そこには可憐な笑みが咲いていた。
「ん、何、彩花さんのそん笑顔が見られれば十分ぜよ。おんしはやはり笑っとったほうがええの。武市、今度彩花さんの笑顔を曇らせたら承知せんからの!」
「...わかっている。」
彩花さんと僕の顔を見て笑った龍馬は、今度こそ部屋を出ていく。
...かと思いきや。
「お、そうじゃった。」
「今度はなんだ。」
いらつきを隠そうともせずに問いかければ、にやにやしながらこちらを向いた。
「わしゃそこまで心は広くないでの。据え膳食うなら自分の部屋に戻れよ。」
「なっ...!龍馬!!」
「りょ、龍馬さん!」
にしし、という笑い声と共に、襖がぱたりと閉まった。
「...」
「...」
再び部屋に沈黙が訪れる。
だけどそこに流れる空気は、先ほどのような張り詰めたものではなくて。
「...武市さん。」
「...ん?」
「顔、赤いですよ。」
「君だって、真っ赤だよ?」
「...ふふ。」
「ははっ...」
そのぎこちなさが、かえって愛おしい。
「...彩花さん。」
「はい?」
名前を呼ぶと首を傾げるその仕草が、とても可愛くて。
そんな君を、ぎゅっと腕の中に閉じ込める。
「...ごめん、彩花さん。」
「武市さん?」
「誰よりも大切にしたい君を、僕は誰よりも傷つけていた...本当に、ごめん...」
知らず知らず腕に力がこもってしまう。
そんな僕の背に、彼女がその華奢な腕をおずおずと回してくれる。
「あんまり、自分を責めないでください。私はただ、武市さんが好きすぎて、苦しかっただけなんです...」
「彩花さん...」
「だけどそれはきっと、私が自分勝手に武市さんに恋してただけなんです。でも今は違います。武市さんに恋してるんじゃなくて、武市さんを愛してるんです。」
少し力を緩めて彩花さんの顔を見れば、真剣な眼差しとぶつかった。
「ただ、愛は私一人だけじゃだめなんです...愛は二人いないと成り立たないの。武市さんは、こんな私を愛してくれますか?」
その真剣な眼差しの奥は、不安げに揺れていて。
ああ、そんなもの。
―――僕は出逢ったときから、
君を愛しているというのに
この溢れる僕の気持ちを知ってほしい。
君の奥にある不安を取り除きたい。
そのために僕が選んだのは、言葉ではなくて。
「!...っ...ん...」
僕らの二度目の口づけ。
この唇で何百もの愛の言葉を紡ぐよりも、直に熱を分け合った方が、今はずっとずっと伝わりやすい気がして。
夢中で彼女の唇を貪った。
「...」
「...」
彩花さんの息づかいが、少し苦しそうなものに変わったのを聞いて、ちゅっと音を立てて唇を離した。
つーっ、と二人の間を伝う銀色の糸と、頬を上気させた彼女の顔を視界に捕らえる。
この状況になってもなお、君の瞳は澄んでいて。
どんなことがあろうと、その心の純真さは失われないことを思い知らされる。
ああ、本当に僕は臆病になっていただけなんだな。
心配なんてしなくても、君はこんなにも強いというのに。
「彩花さん。」
僕も強くなるから、どうか―――
「僕は君を...ずっとずっと、愛してる。もう、逃げないから...僕らなりの愛の形を、一緒に探していこう。」
君を守らせてほしいんだ。
「...はい!」
そう言って浮かべた笑顔は、花よりも美しく咲いて。
きゅっと、胸が締め付けられた。
もうどうしようもないくらいに、君が愛しいんだ。
伝えても伝えても伝えきれないほどの愛情を、一生をかけて伝え続けていきたい。
その一歩として、今日は。
「ねえ、彩花さん。」
「なんですか?...きゃっ!た、武市さんっ、降ろして!」
「だめ。だって君、今自分で歩けないだろう?きっと力が抜けてしまったと思うから...さっきの口づけで、ね?」
「!で、でも、龍馬さんお部屋貸してくれるって言ったし、別に今は歩けなくても...」
「龍馬は、そこまでは心が広くないらしいよ。」
「え?」
「龍馬が最後に言ったこと、忘れた?」
「...!なっ...それ、って...」
今まで伝えきれなかった想いを、少しでも君に知ってほしいと思うんだ。
もう子供ではない君に、大人のやり方で。
「...いや?」
そう尋ねてみれば、小さな手が僕の胸元の服を掴んで。
「...いやじゃない、です...」
吐息のような呟きが、愛らしい唇から発せられる。
それから互いに視線を絡めて、穏やかに笑顔を浮かべ、愛しい君を抱きかかえた僕はお節介な男の部屋を出た。
さあ、今宵は君のお望みどおり。
―――眠れない夜を、二人で過ごそうか
恋愛論理
恋も愛も、理屈では説明できないのです。
それぞれの愛の形、二人だけの恋愛論理。
終
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