◆Now, go for it new!
「…80点だ。次のテストで80点以上とれ」
大久保先生がにやりと笑って腕を組みながら告げる。
「それが私の望みだ…」
Now, go for it桂剥き隊×大久保邸企画
Shoko×Ichiko
「先生…あの。他のものでは〜」
「なんだ?私の欲しいものを聞いたのだろう?
さすれば今の回答通りだが」
まるで私には無理だと言わんばかりの言い方。
「お前に祝う気持ちがあれば、だがな」
ふん、と鼻であしらわれ私の負けん気に火がつく。
「わかりましたっ!先生に80点以上のテストプレゼントさせていただきますからっ!」
私が両手グーに握り締め鼻息荒く答えれば
「ああ、楽しみにしている」と、可笑しそうにどこかおどけた調子で椅子をくるりと回転させて机の方を向いてしまう。
大久保先生はとても人気がある。
その容姿から女生徒には勿論のこと、博学な知識や公明正大な態度が男子生徒にも一目置かれている。
みんながキャーキャー騒ぐ中、別段私は興味を持っていなかった。
けれどそれは徐々に変化していった。
二年になって数学が大久保先生になり、美化委員でも担当教諭として一緒になった。
美化委員で委員長として活動していくうちに、クールに見える大久保先生の内側にある情熱やたゆまぬ向上心に触れ、いつしか惹かれていった。
何かと用を見つけて数学準備室に通うようになってからは、尊大な態度の裏に、毎日教鞭をとるための準備とか理想に向かう努力とか、見えないところで真摯に取り組んでいる姿を垣間見て、ますます目が離せなくなっていた。
大股で白衣を翻し颯爽と廊下を歩く様
チョークに人差し指をピンと伸ばして添える癖
凛として存在感溢れて教壇に立つ姿
厳しいけど極稀に優しく微笑む瞳
恋と呼ぶにはまだ幼い憧れのようなものだけど…
今では休み時間など暇を見つけては数学準備室に通う私。
そんな私を別段邪険にするわけでもなく、猫が庭先に遊びにきたような感じであしらう大久保先生。
準備室にお邪魔しても特に話をするわけでもなく、私も持ち込んだ課題をしているし、大久保先生も構わず自分の仕事をしている。
でも穏やかな時間を共有しているこの空間が好き…
けれど今日は違う。
私は持参した美化委員の活動報告書の書く手を止め、大久保先生に質問した。
「もうすぐ大久保先生お誕生日ですよね?何か欲しいものありますか?…」
いつもお世話になっているから、なんてのは口実で先生に何か特別なことをしたかった。
私が大久保先生を特別に思っていることをそれとなく伝えたかったし
先生にもただの十把一絡げの生徒ではなく、彩花として、一人の女の子として見て欲しかった。
でも、大人の人に…ましてやいつもさり気なくお洒落な物を身につけている、大久保先生へのプレゼントなんて高校生の私が思いつくこともなく
考えあぐねた結果本人に聞くことにした。
答えは私の予想に反したものだった。
「80点か〜………」
とぼとぼと家路につく途中で出るのはため息ばかり。
数学は苦手じゃないけど、得意でない。
特に大久保先生になってから数学の楽しさに目覚めた。
けれど、平均とるのがやっとの私に80点…
平均がいつも60点〜70点ぐらいだから、あと20点ぐらい?
うっ…やっぱり難しいかも。
はぁぁ〜〜
「…彩花、ちゃん?」
後ろから呼び止められて振り返ると
「小五郎お兄ちゃん!?」
柔らかく微笑む小五郎お兄ちゃんがいた。
「どうしたの?何か元気ないみたいだけど」
小五郎お兄ちゃんは近所に住む大学院生。
幼なじみで昔は良く一緒に遊んでくれたけど、大きくなって生活時間も変わって会うこともなくなっていた。
「久しぶりだね。彩花ちゃん。ちゃんづけで呼びにはもう失礼かな?」
そういう久々に見る小五郎お兄ちゃんも、すっかりカッコいい男の人になっていてちょっと緊張する。
「そんな、いつも通りでいいよ!私こそいつまでもお兄ちゃんなんて…恥ずかしい?」
「ふふ、構わないよ。それよりどうしたんだい?何かあった?」
「うん…それが……
そうだ!お兄ちゃん勉強教えて!!」
「え?」
小五郎お兄ちゃんは近所でも小さい頃から神童と言われ、昔から何でも良く出来た。
今も日本一と言われている大学で院まで進んでいる。
そうだ、お兄ちゃんに教えて貰えれば間違いない!
「どうしても今度のテストで数学を80点以上とらなくちゃいけないの!
お願いお兄ちゃん!」
私は拝むように両手を頭上で合わせて、上目遣いに小五郎お兄ちゃんの様子を伺った。
「……構わないよ。けれどわたしでいいのかい?」
「勿論!お兄ちゃんがいい!…お兄ちゃんじゃないと駄目なの」
こうして私は小五郎お兄ちゃんに家庭教師を頼むことになった。
「彩花さんの部屋に入るなんて何年ぶりかな?すっかり女の子らしくなったね。
なんてオジサンみたいな発言かな?」
「そんなことないよ!小五郎お兄ちゃんはカッコいいもの!」
私は恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔でよけいに恥ずかしいことを言ってしまった。
だって、言われてみれば男の人を自分の部屋に入れたのは初めてだし
「ちゃん」づけから「さん」呼びにしてくれたのが、大人として扱われたみたいで…
おまけに狭い空間に二人きりなことに、今更ながら気がついて緊張してしまう。
「…ありがとう」
小五郎お兄ちゃんはクスリと笑ってポンと頭を撫でてくれた。
昔いつもしてくれた仕草に、懐かしさと、くすぐったい気分がじわりと広がる。
勢いで頼んでしまった自分に更に恥ずかしさが込み上げてきた。
「…で、ここでXの条件が…」
私もいつまでも小五郎お兄ちゃんなんて呼ぶの恥ずかしいかな?
お母さんみたいに「小五郎くん」?それもなんかなー
お兄ちゃんのマネして「小五郎さん」?
う、なんだか余計恥ずかしい気がする。
「…ここでは公式を組み合わせて考えて…」
そう言えば前は自分のこと「僕」て言ってたのに今は「わたし」なんて言うんだ。
なんか大人だなー。
あっ、お兄ちゃんの手、思ったより大きくて節くれ立ってる。
下を向く時にさらりと落ちる前髪が綺麗…
勉強する時眼鏡しているなんて知らなかった。
昔から綺麗な顔立ちしていたけれど
久しぶりにこんなに近くで見るお兄ちゃんは、とっても格好よくなっていて…
「…彩花さん、聞いてる?」
「ははははいっ!聞いてます!」
「そう。ふふ、じゃあこの問題やってみて」
「はいっ!小五郎先生!」
私が必死に問題と格闘している横顔を、小五郎お兄ちゃんが静かに見つめていたことには、この時まだ気付かなかった――
「どうだ?調子は?」
「大久保先生!」
「まあせいぜい頑張るのだな」
「秘密の特訓をしてますからっ!楽しみにしていてください」
私は親指をぐっと突き出して大久保先生に得意そうに言った。
先生は一瞬だけまなじりを緩めたあと、ふんと鼻をならして「楽しみにしている」と出席簿で肩をとん、と叩いて行ってしまった。
いつものようにパリッとアイロンのきいた白衣の後ろ姿を見送りながら心に誓った。
絶対80点とって先生に喜んでもらうんだからっ!
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