prologue



 この感覚が寒い、というものだというのがわかったのは、いつだっただろうか。
 わたしは冷たいというのはわかっても、寒いというのはわからない。今日はとても空気が痛くて冷たいから、きっととても寒いのだろう。もう感覚なんてないけれど、両手足に繋がれている枷がいつもよりも痛くて、重い気がした。

 わたしはいつからここにいたのだろうか。
 何年? 何十年? さすがに百年は経っていないと思う。毎日毎日何回日が昇って沈むか数えるのは、確か三百を過ぎたあたりでやめてしまったから、もうわからない。
 たまにここに訪れるのは、窓の僅かな隙間からやってくる動物たちや、扉をこじ開けてやってくる野蛮なニンゲンだけだ。

 そう、野蛮なニンゲン。

 いつもわたしを化け物だとか言って、問答無用で刃を向けてくる。どんなに痛いと叫んでも聞いてくれない。彼らは時に気持ち悪い笑顔で近寄ってきて、助けてやろうかとか、僕を信じてとか言うけれど、わたしは知っている。
 その言葉は何もかもが嘘で、その心の奥では、わたしを家畜のようにしか思っていない。こうして、いつでもわたしの肉でも食べて永らえようだの、厄除けだの生贄だのにするために、こんな場所に繋いでいる。
 わたしはニンゲンが嫌い。……ううん。少し違うかもしれない。身体の奥が震えるようなこれは、寒いという感覚に似ている。

 重い瞼を少しだけ上げて、ぼんやりと見慣れたこの場所を見渡した。
 まっすぐ前に、大きな扉。古くてボロボロで、あちこちを板で打ち付けてある。それから、わたしからその扉まで道を作るように、木の背もたれつきの長椅子がいくつも置かれている。乾ききって真ん中から割れていたり、赤いまだら模様があったり。もともとは全部同じものなのだろうけど、今は全部違うものみたい。
 それから壁には、絵の描いてある布がたくさん飾られていて、破けていたり剥がれていたり、地面に落ちていたりしている。布と柱の間にはいくつか大きな窓があるのだけれど、外から何かで塞いでいるのか、外の景色は見えない。唯一塞がれていないのは、高い天井の近くにある小さな窓だけだ。そこから外の景色は見えないけれど、かろうじて朝なのか夜なのか、晴れなのか雨なのかだけはわかる。
 今、あの窓から零れる光はとても淡く、そして赤い。もうすぐ夜が来てしまう。

 夜は嫌だ。暗くて、長くて、そして何より、あの子がやってくる。
 ぎぃ、と。扉が軋む音がした。
 そして、こつ。こつ。こつ。こつ。
 靴が剥がれかけた石畳を叩く軽い音。
 ああ、あの子がまた来てしまった。

「こんばんは」

 あの子は口の端をにいっと吊り上げる。
 身体の奥から、酷く冷たいものが噴き出して、わたしはがたがたと震えた。その度にかちゃかちゃ音を立てる鎖が煩くて仕方ない。
 こつ。こつ。こつ。こつ。
 その足音はどんどん近付いて、わたしの目の前でぴたりと止まった。
 そしてあの子の持つ鉈が、暗い中で鈍く光ってい、――――――







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