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「先程はありがとうございます」
「いえ、私は何も……」
深々と頭を下げる金色に、サキは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。表情を作るのが下手なのか、口の端が僅かに上がり、鋭い目元が多少柔らかくなる、といった笑顔というにはぎこちないものである。
そんな彼を見て、「私」か……と、ジェイクィズはどうでもいい感想を抱いていた。その一人称は彼の幼い容姿や年齢からはあまりにも似つかわしくない。普段のサキ(とはいっても、ジェイクィズが遠くから、たまに見た時の印象ではあるが)は、不遜というか、不躾というか、とにかく生意気なガキであるという印象しかなかったのだ。だから、サキのその立ち居振る舞いが意外で仕方ない。正直なところ笑いを堪えるので必死だ。
「ほら、ジェマもお礼を言いなさい」
「――――…………」
そんなジェイクィズを現実に引き戻したのは、上司サキ・スタイナーの冷ややかな視線と、気弱そうな女性の声だった。
長い金髪を頭頂でまとめ背中に垂らしている目の前の女性は、その尻尾のような、あるいはとうもろこしのヒゲのような髪を揺らし、ゆっくりと頭をあげた。歳の頃は三十手前くらいだろうか。青い瞳は疲労で濁り、目の下には濃い隈が浮かんでいる。そのせいで十歳ほど老け込んで見えた。
彼女の腰には、縋り付くようにしてスカートを握り締めている赤い髪の少女ジェマ――先程目の前で錯乱してしまった件の少女である――が、やはり焦点の合わない目線を彷徨わせていた。その手には白い包帯が丁寧に巻かれていたが、ジェマは怪我などしていないように遠慮なく手を動かすので、傷口のあたりに赤い染みが滲んでいた。
あれから連鎖的に起こった村人の錯乱状態は、小一時間ほどの時間を要したが、なんとか沈静化していた。そのおかげで図らずも村を見て回ることになったサキとジェイクィズは、現在村長の家の応接間で村の現状を確認している。
「彼女はいつから、その状態に?」
「三日前、いなくなって……昨日帰ってきました。その時からです」
ジェマの母親――名をマギーという――は、三日前ジェマがいなくなってから、ろくに眠っていないのだろう。娘の行方がわからない上に、ここ数週間で起こっている連続失踪事件。気が気でなかったに違いない。――――そして帰ってきたと思えば、ジェマの髪は真っ赤に染まっていたのだ。
マギーは昨日からずっと娘に付きっきりだったのだが、ふと座り込んだ時に急激な眠気に襲われ目を離してしまったのだという。そうして母の目から逃れたジェマは、あの薔薇園で黙々と薔薇を潰し――そして今に至る。
応接間には六人。客人用のソファに座るサキとジェイクィズ、それから入り口に立つジェマとその母のマギー、そしてサキの正面にある一人掛けの椅子に座る壮年――村長のデリック・フォルクレド、それからその隣に村一番の商家であるハーディ・ガーランドが立っている。
サキとジェマ以外の人物は色合いの差はあれど皆金髪だ。マギーはクリームがかった、デリックは白髪が混じり合った、ハーディは薔薇園の薔薇たちのように鮮やかな金色だった。ジェイクィズの髪も金色ではあるが、彼らのように明るいものではなくくすんでいるため、違う色合いのようにも見えた。
「彼女と一緒にいなくなった人物がいたはずです。その人は――――」
サキの言葉にマギーは、ぐっと唇を引き絞った。見ればデリックもハーディも静かに首を振っていた。それだけで理解する。未だ見つかっていないのだ。これまでの失踪者と同様に。
「エオマンがいなくなる前、何か言っていませんでしたか? 些細なことでも構いません」
「そうだなぁ……」
顔中に刻まれた皺を深くして、デリックは唸り声のようなものを上げる。
エオマンというのは、サキたちよりも前に調査にやってきたジブリール隊員である。第一分隊ルイーン北部支部第七班に所属しているワルダ・エオマンは、このフロワールの出身だった。村の異変に誰よりも気付きやすいだろうと、駐在所から派遣されたエオマンは、村に到着した直後の定期報告以降、その所在が掴めていない。
「――そういえば、ローザに話を聞くと言っていたな」これはハーディだ。
「ローザ?」
その名が上がった瞬間、マギーはそれまでの疲れ切って伏せていた目蓋をかっ、と大きく見開いた。
「あの子よ!!」
喉奥から血がせり上がってきそうなほどの叫び。腰にしがみついているジェマの肩がびくりと跳ねた。