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「…………」
「…………」
会話がない。
聞こえてくるのは互いの息遣いと、馬車が悪路に揺られている音だけだ。
ジェイクィズ・バートガルはもう何本目か数えるのをやめたタバコに火をつける。
最初に持ってきた分は既に吸い尽くしたので、道中新たに買い求めたものだ。
何でもいいからと適当に買った黄色い紙箱に詰められたそれは、ほんのりと薔薇の香りがする。男と面と向かって吸うにはあまりにも少女趣味すぎる、と後悔したのも数瞬。口寂しさには抗えなかった。
同乗している相手も、そんなものは気にしないだろうことは分かりきっているので、開き直って深くその煙を吸い込んだ。
目の前に座っている男――というよりも少年と形容すべきだろう――サキ・スタイナーは、最初こそタバコの煙を鬱陶しそうにしていたが、慣れたのか、頬杖をついて揺れる窓の外をじっと眺めている。
アメリのジブリール本部を出てから、ジェイクィズ・バートガルとサキ・スタイナーは、ルクスディア大陸橋を経由し、カルス中央支部を抜け、さらにルイーン北部支部に立ち寄った後、馬車に乗り、こうして目的地であるフロワールへと向かっていた。
それなりの遠出ではあるのだが、この間二人に交わされた会話はほとんどなく、多少の挨拶と任務に関しての事務的な会話を除くとまったくない、といっても過言ではない。
沈黙があまり得意ではないジェイクィズは無言の圧力のようなものを感じて、終始居心地が悪い。そもそもにこの少年は取っ付き難いのだ。
しかし、そうまでして会話したいわけでもないので、彼に倣って窓の外を眺めるだけだった。相手が女の子なら話は別だ。あれやこれやで会話しようと試みたに違いない。
「……薔薇か」
ぽつり。サキ・スタイナーが呟いた。
「は?」
あまりにも唐突だったので、ジェイクィズは空耳ではないかと目を瞬かせた。窓を向いていたサキの目が、ジェイクィズの手元へと向けられている。
「……ああ、タバコの匂いッスか。薔薇はお嫌いで?」
「いや。そんなものもあるんだなと思っただけだ」
「フロワールの薔薇を使ったタバコだそうで。なかなか美味いですよ。一本どうです?」
「甘ったるいのは嫌いだ」
それだけ言うと、また窓へと視線を戻した。おお、まともな会話だ。レア。
ジェイクィズは肺に溜め込んでいた煙をゆっくり吐き出した。車内に薔薇の香りが充満する。サキは僅かに眉間に皺を寄せた。……嫌がらせには効果的なようだ。ほんの少しだけ気分が良くなる。
「そうだ、隊長。薔薇といえば何色を思い浮かべます?」
「なんだ、いきなり」
「ちなみにオレは赤の薔薇が一番好きなんですけどね。ピンクも白も捨てがたい。女性によく映えるんですよコレが。可愛らしさと美しさが三割増くらいになると思うんスよね」
「……何が言いたい?」
窓を向いたまま、怪訝そうな視線を向けられる。
「フロワールは薔薇の名産地っていうのは知ってますよね」
「ああ」
「それだけなら、そんなに有名になることはないと思いません? 薔薇なんて金持ちは家で育てるくらいにはありきたりな花でしょう」
「そうだな」
サキは興味なさげに返す。けれど目はこちらに向いたままだ。
ジェイクィズは短くなったタバコを手持ちの携帯用灰皿に押し付けて、再び黄色い箱から一本、タバコを取り出した。勿体をつけるように、ゆっくりとそれに火をつける。やわらかな口当たりの煙を吸い込んで、じっくりとその味を楽しむ。薔薇の香りがいっそう強くなった。
「――フロワールの薔薇はね、黄色いんですよ。それは見事に。日に当たると黄金色に輝くとかで評判なンすよ」
「……金色、か。それで――」
「そう。フロワールの村人の髪の色みたいに鮮やかな金色だから、有名になったんですよ。なんだか不思議な話でしょう?」
そう言いながら、タバコの箱をサキへと向けた。手のひらよりも少し小さいその箱は、黄地に薔薇の絵がセピア色のインクで捺されている。それを手に取って、しげしげと眺めていたサキは、インクで少し膨らんだ表面を指でなぞりながら、「黄色い薔薇は嫌いなのか?」と問いかけた。
「いーえ、別に? 女性に贈るのに少々面倒なだけで」
「面倒?」
「花言葉がね、結構良くないんですよ。誠意がないとか、恋に飽きたとか、不貞とか」
もちろんいい意味のものもありますけどね。と付け加えておく。
「ぴったりじゃないか、あんたに」
「今のでアンタがオレのことどう思ってるのかよーっくわかりましたよ」
肩を竦めて、返せ、と手のひらを差し出すと、サキは箱をそこへ乗せた。
「俺もひとつだけ黄色い薔薇の花言葉を知っている」
「へぇ、意外。どれです?」
「――嫉妬」
それだけ言うと、彼はまた窓へ視線を戻した。
再び訪れた沈黙。ジェイクィズはそれから馬車が停まるまで、タバコの箱をぼんやりと眺めていた。