「ブラック先輩…?」

「…ああ、君か。
 レギュラスで良いよ。シリウスと紛らわしいだろ?」


月明かりで照らされた水紋が薄暗い談話室の壁や家具に反射していた。
湖の底にあるにあると言われるスリザリン寮は噂に違うことがなく湿っぽいし、底冷えするし、正直良いところが見つからない。

そんなお世辞にも居心地が良いとは言えない談話室にブラック先輩もといレギュラス先輩は、固めのレザーソファーの上で幾らか格好を楽にして本を読んでいた。


「パーティーはどうしたの?ハロウィンは今日だったろう。」

「実は配るお菓子を部屋に忘れて…それで取りに来た所です。」

「ふぅん。」


ところで胸のリボン、解けているよ。とレギュラス先輩は呟いてから視線を本に戻す。
ハロウィンに仮装するのは一部の生徒だけで、私はその少数派である。
ただしそれは自ら望んだ仮装ではなく、悪戯仕掛人のシリウス・ブラック先輩とジェームズ・ポッター先輩の半ば強制で行っていることだ(ちなみにその仮装というのはリリー・エヴァンス先輩が用意したマグル価値観の魔女である)。
私は些か露出の多い衣装の胸元に垂れ下がった橙の紐をもたもたと蝶々結びにする。


「縦結びになってる。」
「え、あ」


いつの間にか、本を読むのをやめたレギュラス先輩がレザーソファーから腰を上げていて、というよりかなりの至近距離にいて、陶器のような細長い指で私の胸元でぐちゃぐちゃになっていた紐を丁寧に解く。
普段から人気のない談話室はハロウィンというスリザリン生であっても楽しむべきイベントということもあってか更に閑散としていて、多分この緊張によって高鳴る鼓動がレギュラス先輩の耳にも届いていることだろう。


「僕も、仮装しようかな。」

「レギュラス先輩も、ですか?」

「うん。何が似合うと思う?」

「ど、どうでしょう…あまり、想像が…」


できません。と消え入りそうな声でも、静かな空間には響き渡る(だいたい談話室に居る時点で参加意欲は0ではないだろうか、という疑問は心中に留めておく)。


「あ、でも、ヴァンパイアとかは定番ですよね。」

「…ふふっ、あの人達が君に構うのも分かる気がするよ。」


それはどういう、と切り返そうとした瞬間、左側の首筋に鈍い痛みが走った。
「ひっ!」と短い悲鳴を上げて反射的に身を縮めると優しく拘束されてサラリと髪の毛らしい感触が鎖骨を擽る。仮装のために高い位置で結わえているから私のものではない。必然的に目の前にいたはずのレギュラス先輩のものだ。がぶがぶと何度か首筋を噛まれるが、そんなに痛いわけではない気がした。


「無防備で無意識。良い反応するから、からかい甲斐もある。実は僕、犬歯が鋭いからいつもヴァンパイアに扮していたよ。」


掴まれていた肩を離されると支えを失ったようにぺたんと床に座り込んで、噛まれた傷口を手で押さえる。
血は出ていないようだが鋭いと自負しているだけあって歯形どおりに凹んでいた。


「な、何するんですか…」

「仮装のつもりだけど?アクシオ、お菓子バケツ。」


カボチャ色をした小さめのアルミバケツが一直線に飛んでくる。レギュラス先輩の手がバケツの取っ手をつかんだ瞬間キャンディがポロポロと零れ落ちているところをみると相当なスピードだったらしい。


「ほら、行かないの?」


ガチャリと揺れるバケツの中には色とりどりのお菓子が恨めしげに睨んでいるようで。
突きつけられたカボチャ色を両手で受け取れば、レギュラス先輩は背中を向けてソファに置いてあった本を拾い上げるとそのまま男子寮への階段を下っていってしまった。






「…行かなきゃ。」


暫く座り込んでいたが、遠くの方で楽しげな叫び声が聞こえたのをきっかけに、何とか立ち上がる。
すべて夢なのだと思い込めたら楽なのだけれど、首筋の脈打つ痛みが現実だと訴えていた。












091030
ハロウィン企画の後輩ヒロイン夢(無変換)。
11月3日までフリーだったりします。

不思議系の夢になってしまった。
先輩レギュラスが苦手なんだと思う、うん。移転後初作品。U子。

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