瞳に映る貴方の姿は別の人


「満開だね」

晴れやかな青と華やかな薄桃色が眩しく広がる景色はもうすっかり春のそれだった。
榛葉がその景色から隣の藤崎に目を向けてきれいだね、と微笑めば藤崎はそうだなとぎこちない笑みを返した。


「ここで待ってて」

榛葉は木の下のベンチに藤崎を座らせ食べ物を買いに離れた。
取り残された藤崎の耳に入るのは周りに溢れる笑い声でそれは別世界のような幸せが満ちていて思わず耳を塞ぎたくなった。
それなのに目は行き交う人や寄り添うカップルを追っていて自分が無意識にその人を探してしまっていることに気付いた時には榛葉が戻ってきていた。
みたらし団子の美味しそうな匂いがする。

「ソフトクリームにしようかとも思ったんだけどやっぱり団子かなって」

榛葉がそのような選択をする時、自分がそれを食べたいかではなく相手がそれを食べたいと思っているかを考えるようにしている。
藤崎にはソフトクリームの方がいいだろうと思いながら団子を買ってしまった榛葉はまだ過去の相手の好みを引き摺っていた。

藤崎はプラスチックのパックから団子を一本取って溜まっているたれを存分に絡め垂れないうちに素早く口に含んだ。噛みちぎるというより外す感覚で串からスライドし咀嚼すれば甘塩っぱい味が口内に広がった。

「ん、ウマい」

「それは良かった」

藤崎は口の端にたれを付けていた。それを見た榛葉は残りの団子も全て食べてしまった後にまだついていたら指摘してあげようと思っていた。


二人は会話をするでもなくただ黙々と団子を口に運んでいた。ひらひらと風に流される花びらが団子に張り付いたのを機に沈黙は破られる。

「食べても大丈夫だよな?」

「食べるの?」

「別に平気だろ」

「味はしないらしいからまあ…」

榛葉は前にも同じ状況になったことを思い出した。彼も藤崎と同様に花びらを食べていた。
榛葉は藤崎がそれを口に含む前に自分の団子を食べ終え近くの自動販売機へと立った。


藤崎は、何故桜は他の花より特別視されているのか、という話を思い出していた。
彼は何かとそういった雑学を知っていて気が付けば自分はその雑学を他の誰かに話していたりする。その時間は少しだけ楽しかった。


藤崎が団子を食べ終えた頃、榛葉が飲み物を手に戻ってきた。

「手、ベタベタじゃない?洗ってきたら?」

榛葉が、あっちで洗えるよ、と指した方へ藤崎は向かった。



きっとアイツなら手を洗う事すら面倒だと言うだろう。今着ているジャケットのポケットにウェットティッシュが入っていることは自分にしか分からないことだった。
榛葉は先ほど購入したお茶に口を付けながら藤崎が口の端を汚したまま帰ってくるだろうと踏んでポケットに手を伸ばした。
しかしそのウェットティッシュは既に使い物にならない程乾いていて月日が流れた事を証明していた。
それを認めたくなくて見上げた桜は嘲笑うかのように榛葉の元へと舞い落ちた。




瞳に映る貴方の姿は別の人

2013/4/4

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