日影


「兄ちゃんでんわー!」

トイレで一息ついているところだった。朝食は美味しかったけど消化が早いらしくすぐに出ていきたがっていたのだ。足音と着信音と着信を知らせる夏の声が近付いてきた。ちょうどトイレを流すところだったので先にドアの鍵を開けてから流した。

「はい、兄ちゃん」

夏から受け取った携帯のディスプレイには影山飛雄の文字があった。この忙しい朝に何の用だろうか。手を洗うために洗面所へ行きながら通話ボタンを押した。

「こんな朝から何の用だよ?」

部活の連絡だとしたらそれは主将から一斉メールで届くはずだから違うだろう。

『メール見たか?』

「メール?」

昨日寝る前に見て以来携帯を触っていなかったのだがそれはつまり寝てから今までの間にメールが来ていたということか。

『夜来てただろ』

「誰から?」

『俺から』

「影山から?」

「とびお?」

横で歯を磨いている夏がいちご味の歯みがき粉をペッと吐いて影山の名に反応した。うん、とびお。と返せば、とびお!とびお!と夏がはしゃいだ。よく意図がわからない。

『おい』

「あ、ごめん。えと、そんで何?」

電話をほったらかしにして騒いだことに一応謝ってから話の続きを促す。
メールの返信が無かったから電話したということだというのは分かったが内容はまだ聞いていない。一つ分かるのは影山はせっかちだということだ。

『誰今の?』

「今の?」

『俺の名前呼んだの』

「妹だけど」

何か気に障ったのだろうか。

『お前家で俺の話とかするのか』

「バレーの話はするだろ」

『お前家だと俺のこと名前で呼んでんの?』

「呼んでねーよ!」

『でもさっき呼んだ』

「夏が、だろ」

『お前も呼んでただろ』

「夏に合わせたらそうなんの!」

『じゃあなんでお前が名字呼びなのに妹は名前呼びなんだよ』

「『かげやま』より『とびお』の方が響きが面白いからじゃねえの?」

実際のところなぜ名前呼びなのかは分からないが、おれが小学生時代に他人を名字で呼ぶことはなかったと思う。
それで、用件はなんだ?早くしねーと部活行く準備出来ないんだけど。そう言おうとすれば遮るように影山が、じゃあ、と。

『じゃあお前もそうすれば?』

「はあ?なんだよ?お前名前で呼ばれたかったのかよ?」

『別に呼ばれたかったわけじゃねえけど。それよりメール、』

「ああ、うん何?そんなに重要なこと書いてあったの?」

『見れば分かる』

「じゃあなんでわざわざ電話なんか掛けてきたんだよ?」

『なんとなくだ。邪魔して悪かったな』

「意味わかんねーんだけど…」

『じゃあな』

影山の考えはよく分からないが最後に一つ、言いたいことがあったから切られる前にあ、うんと続けた。

「じゃあな、とびお」

通話を終え開いたメールには影山らしくない言葉と影山らしい簡素な5文字が並んでいた。




おめでとう

2013/06/21
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