凛と岩鳶水泳部


「鍋って…」
遙が台所に立っている間、テレビを見て暇を潰していた凛は痺れを切らして遙の様子を伺おうと身体を傾けて台所に目をやれば、そこには土鍋があった。
「なあ」
「なんだ」
「なんで鍋なんだよ。真琴ん時はケーキとかもっと誕生日っぽい食い物だったじゃねえか」
「…何が言いたい」
「真琴ん時と俺の時で気合いの入り方が違うんじゃねーのって」
「不満なら食べなくていい」
「なんでそうなるんだよ」
凛は立ち上がって遙の姿が見える位置まで動いて漸く気付いた。
「キムチ鍋…」
鍋から遙の手元へと目をやればこの家では見慣れた食材がぶつ切りにされていた。
「って、サバ入れんのかよ!」
「嫌なら食うな」
「別に嫌じゃねえけど…」
キムチ鍋にサバは合わない事は無いだろうが普通は入れないだろうと凛は思っただけなのだが、遙は先程から文句があるなら食べるなと冷たくあしらっている。
これ以上声を掛けたところで同じような事を言われるだけだろうと凛は居間に戻った。



「りんー」
玄関の方から聞こえる声は挨拶やこの家の主である遙の名前ではなく凛の名前だった。
「誕生日おめでとう」
居間に着いてすぐ、真琴は凛に声を掛けて隣に座った。先程まではテレビの音と台所で調理をする音ばかりが空間を支配していたが途端に空気が変わった。
「はい、これ」
真琴が差し出したそれに凛は反射的に礼を言い掛けてやめた。久しく見ていなかったがその外観はどう見てもオーストラリア名物、ベジマイトだった。
「どこで買ってきたんだよ…」
「外国のそういうのが売ってるお店だよ」
「お前これ食ったことあって買ってきたのか?」
「ないけど」
「じゃあなんで」
黄色いキャップとラベルが眩しいその中身は黒いペースト状でチョコレートのような見た目に反し塩辛く大概の人がマズいと言うであろうものだ。
「ケーキにしようと思ったんだけど凛甘いの苦手だったなって。でも辛いのはハルが作るし、だからこれにしたんだけど…いらなかった?」
眉を下げる真琴に申し訳なくなって凛は言葉を詰まらせた。
「…いや、んなことねーよ」
ありがとう、と精一杯気持ちを込めて呟いた凛の表情は少し硬かったが、真琴はそれを見て微笑んだ。


「凛ちゃん来てるー?」
「ちょっと渚くん!ちゃんと靴揃えてください」
凛が真琴からのプレゼントに頭を悩まされ苦笑を浮かべた数分後。
玄関から廊下をドタドタと進む音が騒がしく響いた。

「はいこれ。プレゼント!」
渚が着いて早々差し出したのはどう見てもケーキ屋の箱で、誕生日に一番相応しいものなのだが凛にとってそれはあまり喜ばしいものじゃなかった。
「これね、すっごく美味しいんだよ!」
箱の中身を思い浮かべ、渚はにこにこしながらあいている場所に座った。
「ちょっと遠かったけど凛ちゃんにも食べて欲しくて買ってきたんだー」
「渚、凛甘いの苦手…」
渚の一言一言に凛が何を返すか迷っていたところに真琴が真実を告げた。
「知ってるよー?」
「知ってたの?」
うん、とさも当然のように返す渚にその場にいた全員が首を傾げた。
「苦手克服してもらおうかなって思ってさー」
そう言いながら渚は箱を開けプラスチックの容器に入った鮮やかなオレンジ色の恐らくゼリーであろうものを口にした。
「自分が食べたかっただけだろ…」
「それもあるけど誕生日にケーキ無いのはなんか寂しいかなって思ってさ」
確かに誕生日だというのに室内にそれらしい物が無いのは如何なものかと皆どこかで思ってはいたのだ。
派手な事や物を好む渚らしい考えだった。
「まあ凛ちゃんがどうしても食べれなかったら僕が食べるから安心してよ!」
渚はただ単にケーキを多く食べたかっただけなのだがその言葉通りに凛がケーキを食べずに誰かに渡すなんてことはないだろう。
残すということは負けるということなのだから。



2014/02/02
時間の都合上怜ちゃん、江ちゃん、似鳥がプレゼント渡す話は間に合いませんでした…!

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